「第十八話」裁定者

 魔法の威力は、例えるならば紙とハサミのようなものだった。


 ハルファスの魔法は剣のように形作られ、私の燃え盛る髪の檻を切り裂きながら肥大化していく。多分そういう魔法なのだろう。相殺した魔法の魔力を取り込み、自分のものにしていくという類のものだ。事実、魔力をたっぷりと含んだ私の髪束は切り刻まれていき、光の束は目が眩むほどには強いものになる。


「うぉおあおおあああああああ!」


 ハルファスの剣が振るわれるたびに、指に絡みつく糸がほつれ、切れていく。九、八、七、六五四……三本目でようやく攻撃が当たるが、彼は止まらない。二本目を犠牲に後ろへ飛ぶが、彼の身体能力はそれを上回る速度の動きを生み出していた。


「獲った! 私の勝ちだ、ロゼッタ!」


 足掻くように最後の一本をハルファスへの攻撃に使う。一瞬のスキが生まれるものの、手ぶらの私に出来ることはもう何もない。髪を抜くことも、櫛を握ることも間に合わず、叩き降ろされるハルファスの剣を見て、私はただ一言つぶやいた。


「いいや、私の勝ちだね」


 私の手にはもう髪糸は残っていないが、足の指にはまだ糸が残っている! 不意を突かれたハルファスの体に、炎を纏った糸が絡みついた。


「なっ!? ウッ……くぅ!」


 炎はそのまま彼を包み込み、体を焼かれる苦しみの為か声を上げて地面に倒れ込んだ。加減はしたが、以前の炎よりもずっと強力である。痛みも激しいだろうし、火傷をしていてもおかしくはない。──でも、彼は。


「……いい勝負だった。今度こそ、悔いはない」


 以前の彼からは想像もできない言葉と、晴れやかな顔。ああ、私の中でいちばん大切な人が決まっていなければ、其の枠はこの人に取られていただろう。そう確信するほど、彼の成長した心は眩しかった。彼は自分が負けたことではなく、自身が納得出来ない敗北が嫌だったのだ。


「……こっちこそ、いい勝負だった」


 糸でぐるぐる巻きになったハルファスを髪糸の上からそっと撫でる。糸はまだほんのりと熱く、そこに彼の火照った体温も混じっているので、変な感じがした。ハルファスは、悲しそうな、そして申し訳無さそうな顔で、私以外の人間を見つめている。──その視線の先に居たのは呆然と立ち尽くすイザベラ第一王女だ。


「……」


 彼女はあまりのショックの為か、家来の二度目の敗北を目の当たりにして、その場に膝をついてしまう。以前の私であればその様子を見て煽っただろうが、ハルファスの忠誠心と心の成長に免じ、あえて何も言わなかった。


「ロゼッタ!」


 駆け寄ってくるシエル。彼女は私の体全体を見回した後、そっと胸をなでおろした。


「よかった……どこも怪我がなさそうで」

「あったりまえでしょ! シエルが見てる前なんだから、かっこ悪いところ見せられないし」

「……ロゼッタ」

「ん?」

「大事な話があるんです。貴女と私の、これからを決める、大事な話が……」


 シエルがそう言いかけて、彼女の目線が背後にあることを私は感じ取った。私が櫛を構えて後ろを見ると、そこには沢山の兵士がこちらを睨んでいた。──いいや、シエルが見ているのはそんな有象無象ではない。その中心にいる、馬に乗った貫禄のある男だ。


「……名乗ってやろう、魔女よ」


 その男は偉そうに、見下すようにこう名乗った。


「余はシャルル・ニーベルンゲン。この国の現国王であり、お主ら二人の運命を決めに来た裁定者である」

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