「第十七話」好敵手

 打ち消したり打ち消されたり、互いに一歩も譲らない状況が暫く続いていた。白球が迫れば瞬時に魔法で打ち消し、そのまま伸ばした髪束で拘束を狙っていく。当然のように髪は打ち破られ、カウンターとして杖から白球が放たれる。──私は彼の、ハルファスの変化に気づいた。


(あいつ、プライド捨てたな)


 回避や接近時の身のこなし、放たれる魔法の質……それらは全て、あの石橋で戦ったときよりも格段に上がっていた。油断もスキもないその戦闘スタイルは、魔法だけではなく近接戦をも交えた、全く新しい戦い方であった。


 この時、私は初めて彼を天才だと認めた。人生で初めてであろう敗北という挫折を受け入れ、それでもなお立ち上がる精神力。自分に足りないものをじっくりと探し、導き出す分析力。敗北から僅かな期間で、屈強な軍人にも勝るほどの身体能力を手にするまで、彼はどれだけの血反吐を吐き、どれほど大嫌いな泥に塗れただろう? 


 そんな彼を突き動かすのは、負けたという雪辱を晴らすという目的だろうか? はたまた、主君であるイザベラへの純粋な忠誠? または、その両方? まぁ、どちらにせよ彼は変わった。人としては良い意味で、魔術師としては少し悪い意味で。


「ハルファス!」

「っ……なんだ!」


 私が放った髪束を弾き飛ばしてから、彼は律儀に返事をしてくれた。私はそんな彼に敬意を持って、杖代わりの櫛を掲げた。


「前までアンタのこと嫌いだったけど、今の貴方は凄く、かっこよくなったと思う!」


 だから、今度は真面目に。掲げた櫛を中心に、辺り一帯を髪の毛が廻っていた。髪で織り成された狭いその空間には、世に言う結界のような現象を引き起こしていた。


「今度こそ見せたげる。私っていう最強の魔女の、本気の魔法!」


 ハルファスがその光景を見るのは二度目だった。しかし彼は以前とは違い、覚悟の決まった光のある目を私に向けていた。一度負けた相手として、目の前にいる対等な敵として、私を見据えている。


「──受けて立とう、『髪結いの魔女』。……いいや、我が好敵手ロゼッタよ!」


 空間を覆う髪の渦が、赤く光りだす。無数の炎に包まれたそれは、正しく炎の檻。ハルファスはそれに対し、魔力をただ一箇所に集めている……白球より激しく光り輝く其れは、夢物語の中の剣のようにも見えた。


 炎の束が先なのか、光の剣が先なのかは定かではない。しかし、圧倒的な存在感を誇る魔女と魔術師の魔法は、次の瞬間、確かにお互いを消し飛ばす勢いで衝突した。


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