「第十六話」処刑台での激突

 日が沈んだその時が、私の最後だと思っていた。首を縛られ、吊り降ろされ……民衆に白い目で見られながら短い一生を終える。それを迎え入れる覚悟が私にはあったし、別になくてもそうするつもりであった。


 事実、私は処刑台の上にいる。見える景色は人で埋め尽くされており、最後に見る風景としてこれほど酷いものはないと思う。誰も彼もが私の死を望むこの場で、私は死ぬはずだったのだ。


 なのに。


「……シエル?」


 何故、目の前に彼女がいる? 人の波をかき分けて、何故処刑台の前にいる? 彼女は何も知らないはずだ、知っていたとして、ここに来るメリットはなにもない。何故だ? 何故、わざわざここに来た?


「何してるんですか」


 単刀直入に聞かれた。声色はものすごく怒っていて、ウィジャスのそれよりもなお恐ろしい……私は何を言われるのかが怖かった。今ここで死ぬよりもなお恐ろしいと感じてしまう私は、とうとう気が狂ってしまったのか?


「何してる、って聞いてるんです」

「……えーっと」


 思考を巡らせ、適当な答えを探す。


「捕まっちゃったんだよねー!」

「貴女がですか? ハルファスを正面から打ち負かした、貴女ほどの実力者が? そんなことをほざいている暇があるなら、さっさと魔法でこっちに来てくださいよ」


 駄目だ、これ完全に怒ってる。ふざけた冗談を言ったからかさらに眉間にシワが寄っている。……仕方ない、これは正直に話すしかあるまい。


「……私がいるとさ、迷惑かかるじゃん?」

「はぁ」

「わ、私魔女だし! シエルの夢を邪魔するの申し訳ないし……」

「本末転倒って知ってますか? 私は貴女を助けるために王になるって決めたんです、貴女が死んだら元も子もないことが何故わからないんですか?」


 彼女は一切納得していないようだ。私がここで死んでもなんの意味もない、それどころか無駄になるかもしれない。私が死んだ後、下手したら王になるのをやめてしまうかもしれない。──冷静に怒られて、涙も引っ込んでしまった。


「……いいの?」

「始めからそのつもりです、さっさと出てきてくださいよ」


 嬉しいような、なんだか少し悲しいような……縄から手を離した私に、処刑台に立っていた兵士は剣を振るった。しかしそんなものは効くわけもなく、私は華麗にそれを避けた後に、魔法の髪の毛で兵士を拘束した。その様子に怯えた民衆は、火の粉を散らすように逃げていく。



 ──無論、私を殺したくてたまらないイザベラが、それを許すわけがなかった。


「ハルファス!」

「はっ!」


 処刑台から飛び降りようとしていた私に、無数の白球が飛んでくる。取り出した櫛で髪を梳き、抜け落ちた髪の毛はそのまま炎の壁に早変わり……白球全てを打ち消した後、私は何事もなかったかのように着地した。──目の前には、腕組みをしたまま仁王立ちのシエルがいた。


「……えへへ」

「言うことがあるんじゃないですか?」

「うう、ごめんなさい」


 イザベラが唖然とする中、シエルは溜息をついた。


「ほんと、心配したんですから」


 そう言って、シエルは来た道を戻ろうとした。しかし、彼女の帰路には一人の魔術師が立ち塞がっていた。──ハルファスだった。


「これ以上、あの方の名誉を傷つけさせはしない。──今度は勝つぞ、『髪結いの魔女』」

「──へぇ、ちょっとは大人になったんだね」


 私はシエルの前に立った。あの時と同じように、守るために魔法を使う。向かってくる白球を弾きながら、私は再び激突した。


 王位を争う王女が二人、そんな彼女たちに未来を見出した魔術師と魔女は、全力でぶつかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る