「第十五話」咆哮
ふわりふわりと風に運ばれ、私は地面に優しく着地した。
「お怪我は無いでしょうか? シエル様」
無風だった辺り一帯には風が巻き起こっており、その中心には彼がいた。──『風の魔術師』ウィジャス。世界最強の魔術師と謳われ、今もなおその座を譲らない絶対的な頂点……風を操り戦うとは聞いていたが、ここまでの操作技術には、分かっていても驚く他になかった。
「……ええ、私は大丈夫です。助けてくれてありがとうございます」
「それはよかった。この老体、後は死を待つばかりと思っていましたが……まだまだお役に立てそうで何よりです」
──さて、と。柔らかな声色は鋭く重く変化していき、彼は背を向けていた「敵」の方を見据えた。
「神の教えで民衆を救う聖職者の頂点が、まさか人殺しを進んで行っていたとは……入信していたこの国の信者たちはどう思うでしょうなぁ」
「何度も言ったはずだ、魔術師。私はシャルル王直々の命令でここにいるのだ。私とて、王族をこの手にかけるなどしたくはないさ」
「そう言う割にはほれ、口角が少し上がってはいませんかな?」
その瞬間、私の視界からブラストは消えた。代わりに目の前には拳があり、もう避けるという思考をする頃には間近に迫っていた。
「失礼!」
拳と額の隙間に滑り込むように、柔らかい風が流れ込んでいく。それは微妙な圧を生み出し、まるでクッションのように拳を受け止めて逸した。私はそのまま風に流されていき、城の門を空から超えていた。
「シエル様! ここは私が食い止めますので、あのバカ娘をよろしくお願いいたします!」
「──はい! 貴方も、武運を祈ります!」
私は空から門を超え、そのまま敷地内に着地した。その直後、門の向こう側から裂けるような音を伴う爆風が吹き荒れた。風は巨大な門を揺らすほどの威力を伴っており、しかし刻一刻と風の流れは変化していく……まるで意志を持った嵐のようなそれは、ただの魔術師一人によって起こされた現象に他ならなかった。
「……!」
風に背を向けて、私は走った。まだ間に合う、今ならまだ、彼女は生きている。
「ロゼッター!」
処刑場に辿り着くまで走るのをやめない。そんな最低限の覚悟を心に決め、私は城内を駆け回った。走って、走って……そしてついに私は、この城の処刑場へと辿り着いた。
「……はぁ、はぁ」
そこには、沢山の人達がいた。ざわめきの殆どは彼女への黒い言葉、中には私へのものも少なくない……だがその中に含まれている、イザベラへの称賛が、私の腸を煮えくり返らせた。
でも、そんなことより一番文句を言わなければならない。
「……すぅ」
思いっきり吸って、吸って。言いたいことを頭の中で絞り込んで、今一番伝えたい人の顔を思い浮かべて、とにかくいっぱい怒ってる私は、思いっきりそれらを吐き出した。
「何してんだよ! 馬鹿ロゼッタぁあああああっっっヅヅヅッ!!!!!」
私の咆哮は処刑台全体に広がり、人々の視線は釘付けになった。処刑台に立つイザベラも、表情も崩さないハルファスも……そして、首をロープで縛られかけていたロゼッタも。
「……シエル」
泣きそうな、そんな声が聞こえた気がした。
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