第44話 突然の提案
夫人から許可を得た瞬間――。
ハツさんは腰を落として思いっ切り踏み込んだ。
――ビュン。
風を切るような音が聞こえたと思えば、瞬きの間に僕らが立っている門の前まで来ていた。
気を抜いていたということもあるけど、僕は全然反応できなかった。
もし、あの速度で僕に斬りかかるようなことがあれば、抵抗する間もなく、真っ二つになっていたことだろう。
全身から冷や汗が出ているのを感じる。
虚を突かれたこその全身を駆け巡る疲労感と絶望感。
そして、疑うことないほどの実力差を見せつけられた。
あれだけ、毎日修行やクエストに励んでいたというのにだ。
立ち尽くす僕とは違い、ハツさんは何くわぬ顔で、僕らの前を通り過ぎていく。
彼女にとって、この素早い動きは当たり前ということなのだろう。
涼しい顔で歩みを進めて塀の前で気絶しているシュタイナー公爵を全力で起こしにかかっている。
ぐわんぐわんと勢いよく頭を上下に振られている不憫な公爵は置いておいて。
僕は打ちひしがれていた。
それは言うまでもなく、歳の近い女の子が僕より強いということを目の当たりにしたからだ。
しかも、相手は冒険者でもない公爵令嬢。
味わったことのない感情が僕の中に渦巻く。
悔しい?
嫉妬?
わからない。
でも、胸に何かこみ上げてくるものがある。
初めての感情に、僕が戸惑っていると後ろに立っていたライカさんが僕の背中を優しく撫でた。
「リズ君、大丈夫ですよ。ハツちゃんがとても強いだけですから。それにリズ君も強くなれます! なんせ、あなたには可能性しかないんですから」
そんなライカさんに続くミザさん。
「ふふっ♪ そうですよー!」
「あはは……ありがとうございます」
「全ては今からです! 今から♪ リズ君は伸びざかり~♪」
ミザさんは、表情を暗くしている僕を勇気づけるかのように、重くなりかけていた雰囲気を吹き飛ばすように、その場で大きく身振り手振りをしている。
優しい。
たぶん、二人とも、僕が複雑な気持ちを抱いていることに気付いているけど、僕が成長することを信じている。
言葉や声色、表情や背中に伝わる手のぬくもり。
これら全てから僕へ暖かな思いが流れ込んでくる。
なら、やっぱり応えたい。
僕を信じてくれているライカさんとミザさんの為に。
そんな二人が信じている自分の可能性を見出す為に。
そう決意をした時。
小さくとも、ゴツゴツした手が僕の目の前に差し伸べられた。
「君はリズって言うんだろう? 師匠から聞いているよ! そんな暗い顔などせず、私と修行に励もうじゃないか!」
顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべるハツさんがいた。
「えっ――!?」
僕らは意味がわからず、声を上げる。
「えっ――!? じゃない! ほら、いくよ! 師が待っているんだ」
いきなり過ぎてよくわからない。
師? 修行? どういうこと?!
僕が混乱していると、塀の方から会話が聞こえてきた。
塀の方へと視線を向ける。
そこでは公爵が何やら首を傾げて立っていた。
良かった、ちゃんと意識を取り戻したようだ。
だけど、様子がおかしい。
屋敷を見て不思議そうな表情したり、顎に手を当て考える素振りをしたりなどしている。
なんというか自身が置かれている状況を把握していないような感じだ。
トドメはひとりでに「ん? 一体いつ屋敷に……?」と言葉を漏らしている。
うん、やっぱり色々と忘れているらしい。
だけど、意識を取り戻したことはいいことだ。
そう思うことにしよう。
僕が公爵に気を取られているとハツさんは容赦なく距離を詰めてきた。
「さっ、早く行こう! リズ」
素早い所作で断る隙すらないまま、僕の手を強く握り引いてくる。
「ちょ、ちょっと」
「どうしたんだ? 行くが嫌なのか?」
「い、いえ。あの少しだけ待ってほしくて――」
「うん? 少しか……。うん、わかった!」
「あ、あの……その前に手を離してほしいんですけど」
「手? なぜだ?」
僕がハツさんの手を振りほどこうとする、だけど、ハツさんはその動きついてしまい、僕は手を振りほどけない。
そのやり取りを見ていたようで、ここに居合わせた皆はそれぞれに笑い声を響かせていた。
まず、塀の前で正座しているドンテツさんとクノウさんは、僕らを見て自分達の幼少期を思い出しているようで、「イシシッ、いいよなー。俺もガキの頃はああやって修行したもんだ」とか「ああ、そうだな。幼少期から切磋琢磨する相手はいたほうがいい」など昔話を正座をしながら、噛み合わない会話を繰り広げ。
屋敷の扉の前で、こちらの様子を見ているクオレさんは、何だか嬉しそうな表情を浮かべている。
そして、なんとか目覚めたシュタイナー公爵はというと、依然として状況の把握につとめていた。
「……俺は草原居たはずだ。でも、今は屋敷の前にいる……。どうなっているんだ?」
屋敷を見たり、振り返り町の方を見たりしている。
そんな公爵を目の当たりにしたドンテツさんとクノウさんは、公爵に気づかれないようなぎりぎりの大きさで話し始めた。
「イシシッ、やべぇなー。公爵ずっとキョロキョロしてるぞー。完全に不審者だなー」
「一回、お前は黙れ。不敬扱いになるぞ」
案の定、公爵は横でこそこそと話す二人の存在に気づいて近付く。
「ん……? クノウとドンテツじゃないか。元気にしているか?」
「は、はい。元気にしています」
「イシッ、イシシシ。おかげさまで元気です」
どうやら、シュタイナー公爵は近くで正座をしている二人に、なんの疑いもなく話し掛けるほど、混乱状態にあるようだ。
話し掛けられているドンテツさんとクノウさんの方が、お互いの顔を見合わせたり、首を傾げたり動揺している。
一方、僕とハツさんの後ろにいるライカさんとミザさんもこそこそと会話をしていた。
「その……私が送っていくから」
「いや……私、一人で屋敷にいくの?」
「だって…………さんに会うチャンスでしょ?」
「う、うん。そうだけど」
「あとで、駆けつけるから大丈夫だよ♪」
「わ、わかった。じゃ先にいく」
話の全部は聞き取れないけど、何やらライカさんは屋敷の中にいる人に会いたいらしい。
そして、それを後押しする為にミザさんが、ドンテツさんとクノウさんの二人をギルドに送っていく算段のようだ。
僕がこそこそと話す二人に気を取られていると、ハツさんがまた話し掛けてきた。
「じゃあちょっと待ったから、いくよ」
ハツさんは僕の手を力強く引く。
「――ちょ、ちょっと! 待ってください!」
「無理だ! だって、もう十分待ったからね!」
ということで、僕は公爵邸に入ることになった。
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