第45話 公爵邸

僕とライカさんは、ミザさん、ドンテツさん、クノウさんの三人と別れて公爵邸に足を踏み入れていた。


室内は緑に覆われ草の屋敷と化していた外観とは違い、余計な装飾などは見当たらず、360度全て白色で艶のある石を用いたシンプルなデザインをしており、天井こそ高く声も響くほどだけど、そこに取り付けられているのは豪華絢爛とは毛色が違う、明らかに灯りの数が少ないシャンデリアだ。


ただ、灯りが少なくても屋内が暗くならないように、工夫は凝らされているようにも感じる。


もちろん、僕は他の貴族の屋敷に行ったことなんかないので、他の屋敷と比べることなんてできないけど、冒険者ギルドや宿屋と比べると断トツで窓の数が多い。


きっと、それが真っ白な屋内と合わさって、心もとないシャンデリアでも明るさを保つことができているんだと思う。


それに僕らのいる廊下から、左側に見える階段は手すりこそ貴族らしく金色に塗装されているけど、色がついているのはそこのみ。


なんというか全てが公爵らしい。


自身にとって本当に必要かどうかが公爵の判断基準なのだろう。


だから、権力を誇示すると言うよりは趣味全開といった感じだ。


あと、公爵らしいと言えばこの地ベタに敷かれている真紅の絨毯くらいだろうか?


足を進める一定の間隔ごとに、アイモーゼンの町に来て初めてみた噴水にあった不死鳥フェニックスの像がモチーフであろう金色の刺繍が施されている。


外に主張がないとは、思っていたけど……。


まさか屋内に、しかも屋敷に訪れて足元を見ない人は気づきもしないところへ家紋とした公爵家のシンボルを施すとは……。


やっぱりしっかり変わった人だ。


そんな公爵は、実の娘であるハツさんに信じられないほど、雑に意識を覚醒させられていたというのに、僕とライカさん、そして夫人の前で普通に会話をしていた。


もはや、ただの変わった人と位置づけるのは違う気もしてくる。


失礼を承知で命名するとしたら……


超ど級天然親バカ優しすぎる公爵といったところだろうか?


こんなことを思いつたところで、なんの意味もないのだけれど……。


でも、浮かんでしまった物は仕方ないので、本当の不敬とならないように頭の片隅で鍵付きの箱にでも入れて置くことにしよう。


それはそれとして。


僕の手を引いたハツさんは、なぜか公爵におんぶしてもらっていた。


彼女の目には自分の父親である公爵の姿しか入っていないようだ。


全くというほど、二人の後ろを歩いている僕らには目もくれない。


ついさっきまで僕の手を引き「修行を修行をしよう! さぁ!」というトンデモナイ勢いだったのに、公爵が近くに来た途端、豹変していた。


ただ、豹変とは言ってもライカさんのような色々と理解が及ばない感じじゃなくて。


同じ子供の僕がいうのもおかしな話だけど、ごくごく普通の甘えたな子供に戻った? って感じだ。


そんなハツさんが口を開いた。


「お父様って、やっぱりおっきい」


公爵の大きな背中にべったりくっつき足を揺らしている。


ハツさんの言葉を受けた公爵も仏頂面のせいでわかりにくけど、口角が少し上がっていた。


「ん? そうだな。背は大きい方だ」


「むぅ~。そういう意味じゃない!」


「ん……? どういう意味だ? もしかして背中が広いってことか?」


「はぁ……ダメだ。お父様にはちゃんと伝わらない」


「いや、伝わっているぞ?」


だけど、さすが公爵。


どうやら、娘であるハツさんの気持ちまでは汲み取れていないようだ。


もちろん、憶測でしかないけど、彼女の反応を見れば誰でも公爵が的外れな回答していることがわかる。


大きく溜め息はついているし、つまらなさそうな表情もしているし、その上いつも通りだから仕方ないと、諦めを述べている言葉に反して、足をバタつかせているくらいだ。


もしかしたら……。


ハツさんも僕と同じように突っ込み続けていたのかも知れない。


常識とは違う行動を取り続けるじいちゃんに釘を刺すこの僕と同じように。


だから「やっぱり伝わらない」などと口にしたのだろう。


もしかしたらだけど、常識が通じない人を身内に持つ者同士として、ハツさんと僕は気が合うのかも知れない。


とはいえ、この短い間に「修行! 修行! 修行!」と何処かの誰かのように言ってくるところ以外はだけど。


僕が目の前で会話をする公爵とハツさんに釘付けとなっていると、隣にいる夫人が言い争っている? いや、食い違いを続けている二人に向けて諌めるように手を鳴らした。


「はいはい、見苦しいですよ! 二人とも」


「すみません。お母様」


「……すまない。クオレ」


「うふふっ、構いませんよ。でも、最低限のマナーは守って下さいね。それが見知った顔であってもです」


「はい、承知致しました」


「うむ……そうだな」


夫人の指摘を受けた公爵は絵に描いたように肩を落とし、ハツさんは公爵の背中からおりて彼女もまた同じように肩を落とした。


その姿は、まさに親子と呼ぶに相応しいほど似ているし、二人とも後ろ姿だけで落ち込み度合いがわかるくらいに背中で語っている。


この二人の様子を夫人の左隣で、見ていたライカさんはやれやれと言わんばかりに、首を傾げていた。


彼女にとって、このやり取りも目の前で繰り返されてきた出来事なのだろう。


冒険者ギルドの長となると、普段から公爵邸へと赴いていることは簡単に想像できる。


きっと、これまで何度もクエストの話や分布する魔物について動向とか?


あとは植物好きの公爵のことだから、採取クエストとして扱われている薬草だけではなく、新種の植物や果物や在来植物の調査依頼などをする為に、会談などもおこなっていたとかだろうか?


仮にそうなら、呆れた表情へと変えることも理解できるし、公爵とライカさんの距離の近さもなんとなくわかる。


と言いながらも、公爵へ気を失うほどの一撃を何度もお見舞いするライカさんって、やっぱりどうかと思うけど。


そんなやり取りを目の当たりにしながら、長く真っ白な廊下を進むと左側にひらけたガラス張りの場所が見えてきた。

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