第46話 意外な再会

僕は今信じられない光景を目の当たりにしている。


まずは、今に至るまでの状況を説明しようと思う。


長い廊下の先に見えていた左手に広がるガラス張りの場所、友誼の間へと訪れたまでは良かった。


敷地内に広がる庭園を味わえるようにこだわった間取りらしく、そこに置かれている家具も植物が好きなシュタイナー公爵らしい物が揃えられていた。


そんな一室に、なんの木なのかはわからないけど、大きな幹の切り株が使用された机があって。


椅子に関しても同じようなデザインの物で統一されている物が用意されていた。


本当に素晴らしい場所だと思う。


シュタイナー公爵にとってお気に入りの場所らしく誰にも求められていないのに、ひとりで解説をし始めていた。


『どうだ? 凄いだろう? 小窓を設けていることで庭園に咲いている花々の香りがこの場所に流れ込んでくるんだ。それにこの景色! 言うまでもないだろうが植物に囲まれているので、景色もいい。だからここを来賓室代わりとして、ここでおもてなしをするようにしているんだ』


ガラスの上部に設けてられた小窓や植物の解説、ガラスの向こう側で作業している執事さんと使用人さんの紹介もアツく流暢な言葉遣いで話していた。


ツッコミたいところはあった。


ガラス越しに紹介しても、ほとんど聞こえないし、聞こえても聞き返さないといけないと無限ループが起きていた。


でも、この場所にいる誰もが公爵の勢いに呑まれていた。


いや、面白がっていたという表現が正しいのかも知れない。


公爵の奥さんであるクオレさんは、ガラスにへばり付く公爵を見て直視することを止めて後ろを向いて肩を震わせていた。


『あ、貴方……ふふっ! それはさすがに』


その隣にいるライカさんも同じだ。


呆れを通り越して、口を手で塞ぎ必死に笑いを堪えていた。


『うっ……ふふっ! いくらなんでもありえませんって』


公爵のすぐ後ろにいるハツさんは、しっかりとお父さんっ子って感じだ。


『さすがお父様! ちゃんと執事のライトンや使用人のテルーやミーニャまで紹介する平等さ優しさ見習います!』


彼女はそんなことを言いながら、ガラス越しにやり取りを続ける公爵を称えていた。


その上、拍手まで送っている始末だ。


これは大丈夫だった。


娘のハツさんを見る限り、この公爵家の人たち(夫人以外)は好きな事となると熱を帯びて会話してしまうっていうのもなんとなくわかっていたからだ。


彼女も修行という言葉を口にした瞬間に人が変わったように、距離を詰めてきたしね。


でも、これも大丈夫だった。


ハツさんのこれまでしてきた立ち振る舞いを見て父親であるシュタイナー公爵が一番! ということが伝わってきたからだ。


誰だって、好きなことや人を前にしたら、アツくなってしまうと思う。


事実、僕だって”勇者の行方”に出てくる人物に会えるなら歯止めがきかなくなる自信があるし。


ただ、僕はどちらかというと笑いを必死に堪えているクオレさんとライカさん側なのは言うまでもないけど。


そもそも、天然に天然をかけ合わせたのような公爵のことだから、何かをしでかすというも十分じゅうぶん予想の範疇はんちゅうだ。


だけど、今起きていることはそんなレベルじゃない。


一体、これはどうなっているの?


まるで、居るのが当然のように外にいる執事ライトンさんの後ろからでっかい庭仕事用のハサミ持った人物。


目を凝らすまでもなく、並の冒険者では競うことすら、おこがましいと思わせる筋骨隆々の大きな体に、印象的な白髪、顎に蓄えられた白い髭。


「ガハハハッ! 遅かったのう!」


そして、お腹に響くこの馬鹿デカい声……。


なんでここに……。


いや、もうツッコまない。


もうツッコまない!


というのに、こればっかりは無理だ。


いくら鍵付きの箱にしまおうが、内側から破壊されるくらいの衝撃的現場に居合わせてしまった。


「じ、じいちゃん! な、なんでここに居るの?!」


僕は驚きと我慢の限界を超えたせいで、不覚にも先程笑っていたシュタイナー公爵と同じ行動をとっていた。


だけど、今回は中に居る僕が必死に聞き返すということは起きなかった。


それは言うまでもなく、ガラスを貫通するほどのじいちゃんの声が原因だ。


ただ、残念なことにこちらからの声は全く届いていない。


その姿を見ていた公爵には受けているようだ。


「ふふっ、リズ君。それは無茶だろう。ガラス越しからではこちらの声は聞こえないぞ」


一体、どの口が言っているのだろうか。


自分もついさっきまでガラス越しに話し掛けていたのに。


それだけじゃない。


この屋敷の住人というか、当主なのだから聞こえないことを僕に教えるほど熟知しているのに、植物の紹介に熱が入り過ぎて全てを忘れていたよね。


他にも、そのまま圧倒的な熱量で屋敷に仕えている人達の自己紹介を進め、更に苦笑い浮かべる執事のライトンさん、使用人のテルーさんやミーニャさんをつかまえて外に生えている植物の解説の手伝いまでさせていたというのに……。


悔しいというか、ちゃんと言い返したい。


いつか、そういつか。


公爵に対して意見を述べることができる時が来たら、絶対に正面から伝えよう。


ご自分もしていますよと。


だけど、受けているのは公爵だけではなく、その娘であるハツさんもツボっていた。


「アハハッ、リズ! それはないよ!」


「いや、その反射的に声が出て――」


さすがに恥ずかしいので咄嗟に言い返そうとした時――。


またもや、じいちゃんのバカデカい声はガラスを突き抜けて聞こえてきた。


内容はここに来た経由とは全く関係ないスレイプニルの話をしているようだ。


「あやつ、また何やらへそを曲げたのか、わからんが……。この町に入ることを拒んでのう。色々と大変だったんじゃ――」


どうやら、その話によると散歩中にスレイプニルが言うこと聞かなくなっていつもの木陰に置いてきたらしい。


「わかったーっ! もう一回町を出たりするのーっ?」


僕はじいちゃんの大声に当てられたせいで反射的に大声で返事をしていた。


すると、ハツさんはそれに被せてくるよう言葉を発した。


「――フフッ、リズってば。ここからじゃ声は届かないよー!」


いや、ほんと一体どの口が……。


さっきまで、僕がじいちゃんに振り回されるようにハツさんも公爵の天然さに、ツッコミ続けているとばかり思っていたけど、どうやら違うらしい。


もしかしたら、じいちゃんや公爵、ライカさんなどのよくわからない側の人なのかも知れない。


とは言うものの、まだ会って一日も経っていないので、情状酌量の余地ありって感じだけど。


ただ明らかなのは、誰がどう否定しようとこの二人は親子。


間違いなく親子だということだ。


そんなふうに事態が混沌を極める中、鶴の一声が屋敷内に響いた。


「ん、もう! お二人ともリズ君のことを笑えたものですか! あなた達二人の方がよっぽどおかしかったですよ?」


「あのお母様……そんなにおかしかったのですか?」


「お、俺もか?」


「二人とも十分おかしかったです。リズ君の顔見れば一目瞭然でしょうに……どこからどう見ても困った顔をしているではありませんか……」


良かった。


僕が公爵とハツさんに言わんとしていることをクオレさんが包み隠さず伝えてくれた。


これで将来、公爵に文句を言う為に頑張るというおかしな未来は回避された。


だけど、夫人の言葉を聞いた二人は僕が顔を強張らせていることに全然気づいていなかったようで、二人して僕に近づき顔を覗き込んできた。


「ん? そうなのか?」


「そうなんだ?」


「あはは……少しだけですが……」


「そうか……。それはすまなかった」


「私からも謝らせて! ごめん」


どうやら公爵とハツさんには悪意なんてこれっぽっちもなかったようだ。


僕の言葉を受けた二人の反応がそれを物語っている。


仮にも三大公爵の一つであるシュタイナー公爵の人間だというのに、子供の僕になんの躊躇ためらいもなく、頭を下げていた。


このことから、ちゃんと公爵とハツさんのことが理解できた。


ちょっと他人より強くて色々とおかしな点はあるけど、二人は天然。


……ただの超絶マイペースなド天然というだけだ。


僕がひとりでに納得していると、クオレ夫人が話し掛けてきた。

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