第47話 夫人の怒りと公爵の天然
「すみませんね、リズ君。この人はもちろん、この子も悪い子ではないのですけれど。ちょっと思い込みが激しいというか、なんというか……私も手を焼いています」
夫人は、キリッとした顔立ちを歪めながら溜め息をついている。
きっと、とても苦労されてきたんだと思う。
シュタイナー公爵やハツさんの振る舞いを見れば一目瞭然だ。
自分が興味の持つ分野なら、炎のような勢いを見せて話をしてくるし、受け手のことなど気にする素振りもないし。
この半日も満たない時間の中で、そこまで強烈な印象を僕に植えつけてきたくらいだ。
それが十年単位ともなれば、印象のみではすまないし、本人たちを前にしたところで、本音と建前を分ける気すら起きないだろう。
実際、僕らの後ろで聞き耳を立てている二人には見向きもしない。
「ですが、公爵は優しいとか……身分差とかに囚われないとか……その寛大なお方だとか。先程の騒動も丸く収められていますし――」
「ふふっ、そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ! 本音を語って怒られるような歳でもないんですから」
「い、いえ、本音ですし……その冒険者の皆さんも、そう仰っていたので」
全然本音を隠す気がない夫人に対して、僕は公爵に失礼のないように言葉を選んだ。
その話を後ろで聞いていた公爵はまんざらでもないようで、仏頂面は夕日のように赤らみ、口元に手を当てている。
うん、言葉こそ出さないけど、照れているようだ。
その隣にいるハツさんも嬉しそうな表情をしていた。
それはもう言うまでもないだろう。
大好きな自分の父親が他人に絶賛されているのだから。
だけど、実際に今回の騒動を鎮火した魔法の使い手だし。ただの植物好きという枠に収まることなく、自然と人との共存まで考えている凄い人だし。
他にも、人の雇用を生み出したり、貴族とのわだかまりなども考慮して、地方の貴族と協力して土地を開発したりなど多彩な人だっていうことなのは間違いない。
とはいえ、そのマシマシな評価すらひっくり返すほど変わった方であるのも確かだ。
すると、この僕の発言が夫人の何かに触れたのか、後ろで照れている公爵に視線を向けた。
「あらあら、幼いのにしっかりとした受け答えですこと。この人にも見習っていただきたいくらいですわね」
夫人の目は全く笑っていない。
「いや……俺は――」
公爵は身に覚えがないと言わんばかりに首を傾げている。
この様子からして、自分が注意されているとは思っていないんだと思う。
なんとういうかご都合主義過ぎる天然だ。
それに「俺は――」と言葉を発したあと普通の言い訳よりもひどい「確かに幼くはないな……」とか、言い始めている。
……一体、何がどうなって幼さにスポットを当てたんだろう?
こうやって考えれば考えるほど、頭で理解すればしようとするほど、ドツボにはまっていく気がする。
もう、これ以上考えるのは止めておこう。
取りあえず、公爵がなぜ怒られているのかわかっていないことだけは目に見えてわかったしね。
まぁ、僕がわかったところで意味はないんだけど。
でも、どうやらその横に居るハツさんには、夫人の言葉の意味が伝わっているようだ。
僕の前にいる夫人の様子をチラチラと確認している。
良かった。
ハツさんにまで、公爵のように天然を発揮されてしまったら、夫人の機嫌が戻りそうにない。
それにどうやら、公爵に何か伝えたいことがあるようで、ハツさんは夫人の様子を伺いながらも、公爵の服を掴み引くと、耳を貸すように手招きした。
「お、お父様……ここはお母様に意見しない方がいいかと」
「ん?! そうなのか!?」
「そうですね……」
うん、気遣いが台無しだ。
会話の内容がだだ洩れしている。
疑いようもなく、コソコソ話としては不合格でしかないけど、ハツさんの言う通りだと思う。
ここは黙って頷くべきだ。
そうしたら、このやり取りに慣れているであろう、夫人であれば華麗にスルーしてくれるはず。
そんなことを願っていたら、夫人の気配が横で膨れ上がるのを感じた。
「な・に・か・っ? なにか不満でもありますか? あ・な・た・っ?」
僕は夫人の方へと視線をやる。
夫人はさっきと同じような笑顔を浮かべていた。
それだけじゃない、ギリッと鳴るほどに握り締める拳に、僅かだけど、体もプルプル震わせていた。
うん……だめだった。間違いなく怒っている。
せめて、声が聞こえてなければ良かったんだけど……。
そんな夫人に対して、公爵は心当たりがないといった様子だ。
「いや、なにもないんだが――」
ただ、今回は頭に手を置き何かを考えている。
どうやら、発する言葉を選んでいるらしい。
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