第43話 ハツ・シュタイナー公爵令嬢

「おい! お前たち、お父様から離れろっ!」


草に覆われた大きな扉から、現れたのは物凄い剣幕で叫び声をあげる女の子。


その姿は艶のある黒髪に鋭い目つき、格好は冒険者のような皮が主体の装備。


腰には細い剣を携えており、背丈や容姿からして僕より少し歳上に見える。


それに塀にもたれ掛かっている公爵の事を”お父様”と呼ぶということは、この女の子はシュタイナー公爵の娘さんなのだろう。


なんというか公爵令嬢というには勇まし過ぎる雰囲気を纏っている感じだ。


そして、どうやらその言葉や態度からわかるように、しっかりと僕らのことを勘違いしているようだ……。 


いや、ありのままの事実を受け入れている。


予想通り、公爵のご家族から不敬を買ってしまったようだ。


おまけに、すぐにでも腰に携えた剣を抜き放ち斬りかかってきそうな雰囲気をしていた。


もはや、彼女の目からしたら盗賊や人攫いと同じに見えていることだろう。


こうなってくると公爵を起こしていた方が良かったような気もする。


いや、それは良くないかも。


絶対に誤解を解くには、まわり道をするだろうし、会話も混沌としてくるだろうしね。


ライカさんやミザさんだって、余計なことを言ってしまう公爵に耐えれる保証もない……。


それこそ、なにもかもおしまいだ。


ということは……。


やっぱり起こさなくて良かったのかも知れない。


だけど、どうしよう……。


頭をフル回転させて、再び打開策を見つけようとする僕とは違い、ミザさんは「ふふっ、相変わらず可愛いわね♪」といい、それを受けたライカさんも「ね! クオレちゃん似で良かったー」などと、このやり取りに慣れた様子だ。


公爵との間で起きた出来事も含めて、きっとこれもこの二人の間では繰り返されてきた日常なのかも。


ライカさんの会話からもそれを感じられる。


親しげに”クオレ”という、公爵夫人の名前も出たくらいだしね。


こんなふうに凄い剣幕を浮かべる女の子を見て、二人の間には和やかな空気が漂っていた。


気を失っている公爵の横で正座をしているドンテツさんとクノウさんも、あの女の子のことを知っているようで特に驚いたような反応を見せていない。


何だったらお腹が空いたなど、日常的な会話をしているくらいだ。


ただ、ドンテツさんが一方的に喋ってそれを嗜めるクノウさんって構図になっているけど。


それとは反対にじりじりと音を鳴らしながら、踏み込むタイミングを伺っている女の子を嗜める声が扉の奥から聞こえてきた。


「ハツ、落ち着きなさい。大丈夫ですから」


ハツ……。


どうやら、あの女の子の名前はハツというようだ。


そして、公爵の娘さんを”ハツ”と名前呼びする声の主が姿を現した。


外見は、公爵の娘さんに似たキリッとした顔立ちに凛とした佇まいの黒髪女性。


花々の香りが漂う爽やかな風に少し長めの髪をなびかせ。


真紅を基調とし所々に金色の刺繍が入ったドレスを着ている。


公爵の娘さん、ハツさんに似た外見。


そして不死鳥フェニックスの真紅が由来であろう真紅のドレス。


公爵の娘さんの事を名前で呼ぶ振る舞いからして、あの人がシュタイナー公爵の夫人であり、彼女の母親なのだろう。


「で、ですが……お母様。お父様が……」


「ふぅ……きっとあの人のことです。また何か無意識の内にライカさんを怒らせたのでしょう」


それに夫人は、この状況に何度も出くわしているのか、頭に手を当てて呆れている。


良かった。


夫人はありのままではなく、何が起こってこうなったのか把握しているようだ。


「ですけど……お父様が可哀想です」


「ふぅ、全くあなたはいくつになってもお父さんっ子ね……」


「もちろんです! お父様は誰にでもお優しい素晴らしい方ですから! それにお強いですし」


「はいはい、あなたがお父さんのことを好きなのは十二分に理解していますよ」


「ふふっ、大好きです! もちろんお母様も」


「うふふっ、ありがとうございます。では、そのお母様からお願いがあります」


「はい! お母様。なんでしょうか?」


「あそこで、呑気にお昼寝している大好きなお父様を早く起こして来て下さい」


うん、二人の会話からするとハツさんも事情を知っていたようだ。


ただ、大好きで憧れる公爵のことを不憫に思っての行動だったらしい。


それは心から理解できるし、寧ろ色んなことが起こり過ぎて麻痺している僕らの方がおかしいくらいだ。


全面的に、ハツさんの行動や考えが正しい。


ともかく、公爵に危害を加えたので厳罰に処す! なんてことが起こらなくて良かった。


クオレさんの言葉を受けた彼女は、戸惑っていた。


「えーっと、お母様。止められたのに行っても宜しいのですか?」


「はい、周りの人に危害を加えないことをちゃんと約束できるのなら許可します」


「はい! わかりました。では行って参ります」

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