第42話 姿を変える理由
僕らの前に現れた二人の一人、ドワーフのドンテツさんがる口を開いた。
「ライカの姉貴とミザちゃんは、どうしてここに? って、あんとき坊主もいるじゃねぇか! イシシッ」
ドンテツさんは、特徴的な笑い声を響かせると、僕の頭に手を置く、ゴツゴツとした分厚い手が頭をガシっと掴む。
なんだろう。少し痛いけど、嫌な気分はしない。
「にしても、デカくなったなー! 今いくつだ?」
「えへへ、ありがとうございます! 今年九歳になりました!」
「イシシッ、そうかそうか! どうりでデカくなったわけだ」
僕とドンテツさんが、会話をしていると緊張したような声色でクノウさんが声を掛けてきた。
「ドンテツ、久しぶりの再会ではしゃぐのはいいが、まずはギルド長に報告をしないといけないだろう」
その視線は、ドンテツさん→僕→ライカさんの順番に移動する。
「イシシ、お前……何も隠す気ないのか?」
「何がだ?」
「何がってイシシ。お前今言ったろ? ギルド長って」
「……………」
「俺は、まぁどっちでもいいけどなー。怒られるのはお前だしなー」
「あのライカさんとミザさんは何故こちらに?」
「イシシ、それはもうさすがに遅いだろう」
「うん……そうか」
衝撃の事実だ。
ちょっと頭の整理をさせてほしい。
えーっと……何だったかな?
まず、この二人とライカさんとミザさんが知り合いなのは何となくわかる。
というか、この町にいれば当然だ。
冒険者ギルドで、一部に熱狂的ファンがいる受付嬢のライカさん。
かたや、ルージュの店主であり、銀の餓狼ロイドさんの奥さんであるミザさん。
どちらも顔は広いしね。
だけど、受付嬢のライカさんが、実は冒険者ギルド長……。
って、どういうこと?!
突然告げられた事実に、僕が硬直しているとミザさんが笑い始めた。
「ふふふっ、しっかり三羽烏さんですね♪」
肩を落とすクノウさんに、慰めるドンテツさん、そんな二人を前にして笑っているミザさん。
この状況に我慢ならなくなったギルド長? 受付嬢のライカさんが無言で、公爵邸の緑が生い茂る塀へと歩いていく。
もちろん、公爵に肩を貸したままでだ。
急な動きにも関わらず、反対側を支えるミザさんは、わかっていたかのようにその動きについていく。
そこから流れるような動きで、二人は公爵そっと緑が生い茂る塀に背を預けさせて座らせた。
「あー、もういいや! ここで話をする!」
ライカさんが振り向き言葉を発する。
その瞬間。
姿は徐々に変化していき、頭には立派な角がニ本生えて爪も伸びていく。
それに、べらべらと喋ってしまった二人を見つめる瞳は紫色に輝き、口元には尖った犬歯が、体からは瞳と同じ紫色の魔力が溢れている。
「すみません。ギルド長……」
「イシシッ……完全にもらい事故だなーこれ」
「もういい! ランスは一体なにをしてんだ! アイツがここに来れば、こんなことにならなかっただろう! 外で秘密をバラすとか言語道断だ! 本当に、お前らは三羽烏だな」
とんでもない迫力だ。
僕に見せたときより、言葉遣いがとんでもなく荒いし、口を開くたびに魔法を放ってもいないのに、溢れ出した魔力が音に乗せられて僕に突き刺さる感じがする。
突き刺さる魔力の影響なのか? まるで、僕まで責められているような気持ちになってくるし。
それに息がし辛い。
「く、苦しい……」
苦しむ僕に気付いたミザさんが、怒り狂そうになっているライカさんへと声を掛けてくれた。
「ライカちゃん、ライカちゃん!」
「えっ? な、なに?」
「リズ君、リズ君!」
この後、ミザさんのおかげで、ライカさんに気付いてもらい事なきを得た。
不可抗力とはいっても、僕を苦しめてしまったことが、ライカさんには堪えたようで、僕にずっと謝り続けた。
ちなみに怒られた二人はというと、気を失っている公爵の横で正座させられている。
頭には、たんこぶのおまけ付きだ。
ライカさんは、何が何でも怒らせないようにしよう。
僕は、心からそう思った。
そんな中、そのライカさんは、仕切り直しをするように元の姿になり、話し始めた。
「コホン、すみません。取りあえずもう隠す必要がなくなりましたので、ある程度ここで説明させて頂きますね」
「は、はい!」
僕は背筋を伸ばして返事をする。
「うふふ、いい返事ですね! では――」
ライカさんの話によると、現在冒険者ギルドでは深刻な人手不足となっているようだ。
求人の募集をかけても、なかなか人が来ないし。
冒険者づてに、人を紹介してもらい新しい人を雇おうとも、激務からなのか長続きはせず。
それで仕方なく冒険者ギルドの責任者であるライカさんが受付嬢を兼務している羽目になったようだ。
ちなみに身分と姿を変える理由については、ギルドに混乱を招きたくないからとのこと。
ということは、前に僕に話してくれたことの種族を隠す為ということは、嘘だったってことなのかな?
少しだけショックかも……。
嘘とまで言わなくても、本当のことを隠したまま知った気になっていたなんて……。
ショックを受けながらも、真実が気になった僕はライカさんに尋ねた。
「では、それでライカさんは姿を変えているんですか? 種族を隠す為じゃなくて?」
「い、いえ。それは本当のことです。ですが実はほんの少し理由が違います」
「ほんの少し違うんですか?」
「は、はい。ほんの少しだけ違います」
なんだろう。
どこか、ライカさんの歯切れが悪い。
理由を言いたくないのか、僕の質問に対して繰り返してばかりだ。
そんな硬直する状況を見かねて横で、ニコニコしているミザさんがライカさんに話掛けた。
「ふふっ、そうね♪ ほんの少しだけね」
「うん、違うのはほんの少しだもん」
「うふふっ、わかってるよ♪」
「ほんとに?」
「ふふっ、ほんとにだよ! 言いにくいなら私から説明しようか?」
「うん、じゃあ……お願い」
なぜか、急にしどろもどろし始めたライカさんに代わりミザさんが説明してくれた。
その話によると、ライカさんの種族は実際に珍しいらしく、昔ミザさんが受付嬢として働いていた時期に、襲われることがあったようだ。
その頃は姿も隠しておらず、ギルド長として、町中を角の生えたあの姿で闊歩していたとのこと。
それでも、襲いかかる人や、中には言い寄ってくる人なんかもいたらしい。
だけど、その持ち前の魔力を生かして、ことごとく返り討ちにしてきたようだ。
って、あれ? この話を聞いてどこに言いたくないことがあるんだろうか?
寧ろ変な人を返り討ちにするとか冒険者としてカッコいいし、言い寄られるっていうのも、それだけ魅力的だったってことだと思うし。
「あの……ミザさん。この話のどこに姿を変える理由があるんですか?」
「う、うん。そうだなぁー、うーん。いいや♪ まどろっこしいから、ばーんって言っちゃうね♪」
僕の疑問に対してミザさんは微笑むと一言告げた。
「恋人がね……全くできなくなったの。ライカちゃん」
「へっ?!」
僕の声が響く。
その光景が面白いのか、塀で正座をしているドンテツさんが「イシシシッ」と特徴のある声で笑っていた。
それを鬼の形相で睨めつけるライカさん。
一方、その横にいるクノウさんは関係ありませんといった態度だ。
黙って広大な青い空に漂う雲を見つめていた。
そんなそれぞれがそれぞれの反応を見せる
中。
ミザさんが、微笑みながら全容を話してくれた。
☆☆☆
あまりにも長かったので、纏めると三つの出来事が姿を変える理由になったらしい。
一つ目、当時好きだった人が結婚した。
ニつ目、失恋から言い寄ってくる人も襲って来る人も見栄えなく撃退していたら、曲がり角の紫鬼なんていうあだ名をつけられたこと。
三つ目、同い年くらいの知り合いが年の差婚を決め子供を授かった。
このことから、見た目を気にするようになったらしい。
それでも、感情が高ぶると元に戻ってしまうことが悩みだとか……。
「ふふっ♪ ほんの少しでしょ?」
「は、はい……ほんの少しでした」
長かったなんて口が裂けても言えないし、聞いていた話と全然違いますなんても言えない。
なんて話なんだろう。
こんな内容を当事者の人たちが聞いたら、色々と重いような気がする。
そんなことを考えていると、屋敷から誰かが出てきた。
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