第40話 公爵の魔法
そんなやり取りをしながら、僕らは町の中というよりは林の中と化した道を進むことさらに十分ほど。
ようやく、公爵邸の前に着いた。
外観は白を基調とした大きな二階建ての屋敷でその周囲を同じく白色の塀が囲んでおり、屋敷や塀には植物のツルがまとわりついている。
それ以外にもここから見える限りだけど、敷地内には色とりどりの花が植えられているようだ。
植物の館と呼びたくなるくらいに。
だけど、ふと思った。
これって屋敷の公爵のご家族からしたら、とんでもない状況じゃないのかと。
今まで、おかしなことが起こり過ぎて考えるのを放棄していた僕も悪い。
魔物が異常発生したり、突如草原に巨大な魔法が発現したり、ライカさんの様子がおかしくなったり、公爵が気絶させられたりなど……。
だけど、一番考えてなければいけないことは、この状況だった。
草原へ向かった冒険者や町の皆なら、事情を知っているからまだいい。
問題は、公爵のご家族の皆さんがどう受け取るかだ。
シュタイナー公爵家の現当主ジークハルト・シュタイナー公爵が外交から帰ってきたら、気を失って連れてこられた。
これを好意的に受け取ってくれるなら問題ない。
たまたま気を失っていた公爵を助けたとか。
襲われていた公爵の危機を救ったとか。
でも、銀の餓狼の二人によると草原に佇んでいた巨大な魔法のどちらかわからないけど、公爵の魔法と言っていた。
ということは、シュタイナー公爵自身が凄い実力を持っている人ということになる。
そうなると、助けたとか救ったとかを言ったとしても信憑性に欠けてしまう。
ましてや、女性二人に子供一人だ。
その誰もが、僕ら三人が公爵を救ったとは考えないだろう。
公爵の意識が回復していれば、こんなことで頭を悩ますことなんてなかったんだけど。
と思ったけど、いや寧ろ意識がなくて良かったのかも知れない。
町のど真ん中で、一体に何を言おうとしたのかわからないけど、ライカさんやミザさんが実力行使するほど、他の誰かに知られたくないことを公爵は、何度も口にしようとしていたような人だ。
もし公爵に意識があったら、色んな誤解を引き起こして
というか、絶対になっていた。
そもそも、一般的な常識からして、貴族のしかも三代公爵家の内の一つであるシュタイナー公爵家へ事前に連絡もせず、直接屋敷に向かうなんてことはありえないしあってならないと思うのだけれど。
国王に次ぐ地位となる公爵という立場は、子供の僕でもわかるくらいに重要だし。
「あの……ライカさん、ふと思ったのですが――」
「はい、なんでしょうか?」
「あ、いえ……三代公爵家であるシュタイナー公爵家へこんな急に伺ってもいいんでしょうか?」
「うふふっ♪ さすがリズ君! 確かに本来であれば正式な手続きが必要です。例えば手紙などで予め日程を決めてから伺う。というのが、最低限のマナーですね」
「そうですよね……では、やっぱり一度ギルトに戻った方がいいのでしょうか?」
「えっ?! 戻らなくても大丈夫ですよ?」
「へっ? 大丈夫なんですか?」
「はい、大丈夫です」
「え、でも今の話からすると門前払いとかも起きるんじゃ――」
「うふふっ♪ リズ君は心配性ですね。大丈夫ですよー! 今日は、ほらしっかりと本人を連れていますし」
ライカさんが右脇を抱えている公爵を僕に向けると、ミザさんは息の合った動きで、虚ろな目をしている公爵の顔をグイッと上げて、通行証のように見せてきた。
「ふふっ、そうそう! なんの問題もないですよ♪ 公爵様はここに居てるんですからね♪」
よしっ。
ここまで来たら、もう何も突っ込まないし、目の前の事実を受け入れよう。
もう考えないし、考えても無駄だ。
伸びたままの公爵には申し訳ないけど――。
「あはは……そうですか」
苦笑いを浮かべる僕に対して、ライカさんは笑顔で頷いた。
「はい! そうです」
それにミザさんも微笑みながら続いた。
「ふふっ、そうですよ♪」
僕らがこんな会話をしていると後ろからと男性二人の会話が聞こえてきた。
「なー。今更ながらあの戦いやばかったよなー」
「ああ、初めて目にした魔法だった。一体なんだろうな? 貴族特有の魔法とか?」
「んんっ? そんな魔法ってあんのか?」
「ないと思うが、それくらいに凄くなかったか?」
「イシシっ、いや凄かった! あれで貴族って嘘だろ? ってなったなー」
聞こえてくる話からして、二人は草原にいた冒険者のようだ。
彼らの話によると、ギルツさんの口から聞いたように、草原に佇んでいたあの巨大な魔法の一つは、公爵が放った魔法だったらしく、どういう仕組みなのかわからないけど、その魔法でシトリンゴートを薙ぎ払い。
その後、放った魔法を形態を変化させ傷ついた冒険者を癒やしていたらしい。
事実なら、到底、ただの貴族とは思えないし。
とんでもない魔法の使い手だ。
って、今は見る影も無いけど――。
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