第38話 女性は強し
ライカさんは、しゃがみ込む公爵へ気遣っているような素振りでしっかりと打撃を打ち込んでいた。
それもみぞおちにだ。
「シュタイナー公爵様、具合いでも悪いんですか? もしかして先程の騒ぎで怪我をなされたとか!?」
「いや、俺は……ただ――グフッ」
遠慮なく殴り続けるライカさんもなかなかだけど、それに懲りず何かを言い続けようとする公爵も大概だ。
だけど、あんなに何度も、みぞおちに打撃をくらっているのに意識を飛ばさないし。
それどころか、その直後には何事もなかったかのように喋り続けている。
なんていうか異常過ぎる頑丈さだ。
とはいっても、打撃を受け続けたことが堪えたのだろう。
公爵はその場でうずくまっていた。
「……待てっ。さすがにこれ以上は……」
寧ろここまで耐えた公爵を称えてあげたいくらいだ。
まぁ、きっと早めに口を閉じていればこんなことにもならなかったような気もするけど……。
ライカさんはその場で悶絶する公爵に対して、耳をかす素振りをして突然大声を出した。
「えぇーっ! 魔物との戦闘で実は足を痛めていたですってー? それに疲労感が凄い? まずいですねー。一刻も早く屋敷で手当てしなけばー」
とんでもない演技だ。
公爵がうずくまっているのは彼女の容赦ない連続攻撃のせいなのに。
この真実は置いておいても、こんな演技に引っかかる人なんているわけがない。
……ないはずだよね。
僕は周囲に視線をやる。
「マジっすかぁ……魔物相手にあんなド派手な立ち回りをされていたんで余裕だと思っていました……すんません」
まさかの公爵の後ろから歩いてきたギルツさんは、しっかりと騙されている。
でも、どうやら騙されているのは、彼だけじゃないようだ。
公爵とギルツさんのやり取りを見ていて笑っていた周囲の皆も心配し始めていた。
その中でも、特に心配をしているのは、先程まで「面倒くさい」と悪態をついていたギルツさんだ。
彼はうずくまる公爵に近づくと、その大きな背中を優しくさすっていた。
「ほんと、すんません……冒険者である俺たちがしっかりしていればこんな思いをさせずに済んだのに……」
「お、俺は……大丈夫だ……」
「大丈夫って、そんな顔色が悪い人に言われても説得力なんて全くないっすよ……」
ギルツさんって、いつも言葉遣いとか、粗暴な感じを出しているけど、なんというか純粋な人だ。
そこが冒険者らしくてカッコいい。
だけど、この演技だけには騙されないで欲しかった……。
そんな僕の思いは通じることなく、ライカさんと純粋なギルツさんのやり取りは続いた。
「あ、もしかしてー、草原で無茶でもなされたのではー? 魔法を使い過ぎたとかー」
彼女は頬に手を当てたり、腕を組んだりなど、普段ではしない無駄な動きをしている。
それにうずくまりながら、必死に声を絞り出している公爵の言葉に被せていた。
そのせいで公爵の声が全く聞こえてこない。
「確かに魔法を連発してたな。でも、そん時は顔色一つ変えていなかったけどなぁ……いやでも、心配させない為に黙ってたとか……それならやべぇな……」
ギルツさんは真面目さと純粋さのせいで、すっかり騙されており、そのおかしな挙動に全く突っ込む様子が見られない。
周囲の人たちや、普段ならツッコんできそうなヤクモさんも、草原で一部始終を目にしてきたであろう、ギルツさんが神妙な表情をするせいで、騙されているようだ。
それでもライカさんの演技は続く。
「優しい公爵様のことです。きっと冒険者も守る為に無茶をなされたのでしょー」
「そうだな……公爵って変わってはいるけど、いい人だもんなぁ……」
目の前でライカさん、公爵、ギルツさんのすれ違ったやり取りが行われる中、もう一人の参加者が現れた。
「だ、大丈夫ですかー♪」
ピンクの髪を揺らし、ノリノリで現れた女性。
サイズの合っていない鎧の音が小気味よいテンポで近づいてくる。
――ガシャン、ガシャン。
それは先程まで、ロイドさんと感動の再開を果たしていたミザさんだ。
「あらあらー、これは大変ですー。一大事かも知れませーん! どうしましょー」
こちらもライカさんの演技と比べても遜色ない演技を繰り広げている。
本当に心配しているなら、うずくまり顔を青くしている公爵の周りをクルクルと回転しながら声を掛けることなんてしない。
その演技に呼応するようにライカさんがまた口を開いた。
「でしょー、まずいよねー。早く屋敷へ行かないとー」
間違いない。
この二人は全部を知っていて連携している。
僕の目の前で、今しっかりお互いにウインクをした。
ミザさんの演技にしっかりと騙されたロイドさんが駆けつけてきた。
「だ、大丈夫ですか? 公爵!」
「俺は……」
その言葉を聞いて、公爵が何か口にしようとしたその時――。
トドメの一撃が公爵を襲った。
ミザさんがギルツさんから、公爵を引き剥がし、正面に回ると、下を向く公爵の首を無理やり上に向けたのだ。
――バキッ。
周囲に鈍い音が響く。
一瞬だけ、凍りつく場。
それでも、ミザさんは何事もなかったかのように演技を続けた。
というよりも、先程鳴った鈍い音を皆の記憶から消し去るように、そして虚ろな目をする公爵にあまり目がいかないように、迫真の演技を見せていた。
「いえ、大丈夫ではなさそうですね……見て下さいこの顔色の悪さを……」
ミザさんは、強引に青白くなっている公爵の顔をロイドさんに向ける。
その真剣な表情に騙されているロイドさんは、虚ろな表情になっている公爵の手を握った。
「本当だな……まさかここまで疲労されているとは――」
「はい……ですので、お早く屋敷へ療養された方がいいかと……」
「ああ、そうだな。では俺たちが屋敷へ運ぼう」
「いいえ、それは大丈夫です!」
ミザさんは、満面の笑みで言う。
「うん? 大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です♪ ライカちゃんとリズ君と一緒に支えて行くので」
あれ? いつの間にか、僕まで公爵の屋敷へ向かうことになっている。
「あの……僕もですか?」
「はい♪ もちろん!」
ミザさんは僕の手を強く握り、微笑み返してきた。
どうやら、黙って言うことを聞いた方がよさそうだ。
手を握る力が異様に強い。
とはいっても、このタイミングで僕とライカさん、ミザさんが一緒に公爵の屋敷へ向かうのには、何かしらの理由があるだろう。
なので、僕は彼女の言葉に頷いた。
「わ、わかりました。行きます」
僕の返事を受けたミザさんはもちろん、その隣にいるライカさんも笑顔になっていた。
「いや、公爵は体も大きいし、ミザたち三人より力のある俺たちの方が――」
だけど、その意図を全く知らないロイドさんは引き下がろうとはせず話を続ける。
確かにロイドさんの言う通り、公爵は大きい。
じいちゃんより、身長だけなら高いと思わせるくらいに。
彼の言葉を聞いていたのか、先程まで公爵を介抱していたギルツさんも続いた。
「そうだぜ! そもそも俺たちが公爵さんにおんぶに抱っこ状態だったのが悪りいんだ。だから俺たちに運ばせてくれ!」
二人の言っていることが一般的な常識だし正しい。
だけど、それは一般的な考えであって、このライカさんと、ミザさんはなにか考えがあって僕ら三人で向かうことを提案しているだと思う。
ミザさんは気遣うロイドさんと責任を感じているギルツさんを黙らせる一言を告げた。
「大丈夫ですっ♪」
うん、顔こそ笑っているが、ほぼ命令に近い。
女性は強しといったところだろう。
だけど、やっぱり僕の考えていた通りだった。
ミザさんとライカさんは、僕に何かを伝えたいようだ。
ライカさんの秘密。
公爵が言いかけていたこと。
町の中では言えないことを……。
この後、町の皆はこの二人に見事に騙され? 誤魔化され? 説得されて? しまい、今回の出来事の真相を知ることなく解散することになった。
それと、初めこそ渋っていた銀の餓狼の二人だけど、冒険者ギルドへの報告(草原での出来事)を優先すべきというミザさんとライカさんの言葉を受けてギルドへ向かっていった。
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