第37話 シュタイナー公爵
「っておい! ロイドー! お前っ! 面倒ごとを俺に押しつけんじゃねぇよ!」
悪態をつくロイドさんの横には、黒を基調とした所々に金色の刺繍が入った服。
幅の狭い長剣を背負ったいかにも貴族ですという格好をした人が一緒に歩いてきた。
その外見は端正な顔立ちに、赤みがかった癖っ毛が印象的な中年の男性だ。
なんというか……。
冒険者として一般的な格好(金属製の胸当てに皮主体の装備)のギルツさんと並んで歩いているからか、その男性の姿に強烈な違和感を覚える。
ロイドさんが、戻ってきた時点でギルツさんも無事なのはわかっていたけど……。
どうして、正体不明の貴族と一緒なんだろうか?
まだ先に向かっていた冒険者の皆ならわかる。
まさか、この人も冒険者?
そんなことを考えていると、近づいてくる貴族っぽい冒険者? とギルツさんのやり取りが聞こえてきた。
「すまないな……面倒をかけてしまって……」
貴族っぽい冒険者? は、ギルツさんの言葉を受けて申し訳なさそうな表情を浮かべている。
どうやら、「面倒ごと」と言われたことを気にしているようだ。
「い、いえっ! 私の方こそ暴言を吐いてしまいすんません!」
どうしたんだろう? いつものギルツさんなら、「ったくよ、ホントだぜぇ」とか言って面倒くさそうに頭をかくのに……。
それどころか、跪いて謝っているし……よっぽど身分が高いってことかな?
そうなると上下関係なんかない冒険者ではない。
じゃあ、この人って一体誰? 何者? やっぱり貴族?
僕が疑いの目を向けると、貴族らしき男性は、ギルツさんの謝罪に対して思い当たることがないようで困った顔をしていた。
「……ん? 暴言なんていったか?」
「えっ?! いや……失礼な物言いをしたなと思いまして」
「そうなのか? 面倒をかけたのは事実だろう? もし謝るとしたら俺が謝るのが筋だ。だから、改めて言おう。すまない」
未だに何者かわからないけど、あの貴族らしき人は、かなりの変わり者なのだろう。
膝を着いて謝罪するギルツさんと同じように膝を着いて頭を下げていた。
何だったら、ギルツさんよりも低く頭を下げている。
その様子にいつも飄々としているギルツさんが取り乱しまくっていた。
「いやいやいや! ちょっとそれは困りますって! 頭を上げて下さい! シュタイナー公爵」
衝撃の事実に僕は思わず声を漏らす。
「えっ?!」
「はぁ……またですか」
驚く僕とは違い、隣にいるライカさんにとっては日常的な出来事なのか、大きな溜息をついて呆れている。
周囲の人たちどころか、公爵の姿を目の当たりにしている人全員が、その不思議な立ち振舞いに慣れているのようで、首を左右に振っていた。
その中には、「相変わらず貴族っぽくない」とか、「天然も極まるとああなる」などの言葉が聞こえる。
どうやら、この人がこの町に住まうリターニア東部を治める領主シュタイナー公爵ようだ。
大方の予想通り変わった人だった。
正直、あんな派手な像を町のど真ん中置く人だし、もっと賑やかな人を想像していたんだけど……。
そんなことを考えていると、公爵は急に立ち上がりライカさんの元へ駆けつけてきた。
そして、僕の足元で座り込んでいる彼女に優しく声を掛けた。
「どうしたんだ? ライカ……具合でも悪いのか?」
ライカさんは、親しげに話し掛けてくる公爵に対して、なぜか怪しげな笑みを返した。
「これは、これはシュタイナー公爵様。ご心配なく、もう平気ですので」
「そうか、それならいいんだが……」
「はい、大丈夫ですので、お気になさらず」
「うん、そうか……そういえば、ゴ――グハッ」
公爵が何か言おうとしたところをライカさんは、立ち上がると見せかけて物凄い早さで頭突きをくらわせた。
しかも、周囲の人から絶妙に見えづらい角度でみぞおちに食い込む素早い頭突きだ。
頭突きをくらった公爵は、その場で悶絶している。
周囲の目を伺いながら、声を絞り出す公爵。
「ライカ……落ち着いてくれ。俺はただ――」
ライカさんは魔力を溢れさせて公爵を睨むと、その耳元で呟いた。
「黙れ……ここでそれ以上言ったら、どうなるかわかるよな?」
その凄みを感じさせる視線にも、全動じることなく、まだ何かを言おうとしている。
この人って、領主のはずなのに……。
なんでこんな扱いを受けているんだろう。
言葉遣いや距離感的にも、二人が気心の知れた仲だってことはわかる。
わかるけど、ギルドの受付嬢が領主様に頭突きって一般的な親しい仲を通り越しているよね。
そういえば、さっきからシュタイナー公爵が何かを言いかけているような「ゴ……なんとか」とか。
一体、何を言おうとしたんだろう。
謎は深まるばかりだ。
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