第27話 Aランク冒険者苛烈のランスさん
「よっ、リズ!」
親しげに声を掛けてきたのは、Aランク冒険者のランスさんだ。
ランスさんは僕が初めて冒険者ギルドへ訪れた時にいち早く声を掛けてくれた三人の中の一人。
外見は顔に大きな十字傷があること以外は、オーソドックスな冒険者の格好をしている。
よく手入れされているであろう両手剣を腰に携え、鈍く光る鉄の胸当てに動きやすさを重視したであろう簡素な防具一式といった感じだ。
その性格はとてもさっぱりしていて、顔に大きな十字傷があるせいで怖がられている。
だけど、面倒見が良い兄貴分っていう表現がしっくりくる常識人。
実際に戦う姿を見たことはないけど、冒険者ギルドでは、使用する魔法とその姿から苛烈のランスと呼ばれていて一目置かれる存在でもある。
「あ、おはようございます、ランスさん!」
「よお! リズ! 冒険者ギルドに来たってことは……さては今日もクエストか! 精が出るな!」
「はい、今日も頑張っていきます! じいちゃんを驚かせたいので!」
「あははーっ! 相手はゴードンさんだからなー! なかなか驚いてくれないだろうが、頑張れ!」
「ははは……はい、がんばります」
「おう! というか、この列に並んでいるってことは、お前もシトリンゴート狙いか?」
「い、いえ。受けないですよ! 一体なら、ともかくですけど、たくさんいるみたいなので」
「ははっ! そうか、そうか! でも、結構話題だったぞ! 九歳の子供がシトリンゴートを討伐したって!」
「いや、あれはじいちゃんの助けがあってこそですから! だから、まだまだ実力不足です」
「ほんーと、出来たヤツだなー! 謙遜も大事だが冒険者には、自信も必要だぞ! ま、努力あってこそだがな」
「あはは、肝に命じておきます。それよりランスさんこそ、今日も討伐クエストですか?」
「おう! まぁ、この近辺の魔物は弱くて張り合いがないから、別の場所で狩るけどな!」
「いや、でもそれはランスさんだからですよね? みんな口を揃えて強いって言いますし、ランクだってAだし、色んなことも知ってるし」
「ははは、やめろって! オレに世辞はいらないぞ!」
「いやいや、お世辞じゃないですよー!」
「わかった、わかった! じゃあその気持ちだけ受け取っとくな!」
「はい、ぜひ受け取って下さい! 事実ですから」
「おうおう! なかなかに買ってくれてるな! 冒険者冥利に尽きるわ! じゃあ、そろそろいくわ。強い魔物が俺を待っているからな! ガハハハ」
ランスさんは、腰に手を当てている。
間違いなくじいちゃんを意識しているようだ。
「ふふっ、それじいちゃんみたいですよ?」
「あははっ、本人が居ないからなー! 怒られることもないし、真似てみた!」
「似てます! 似てます! じいちゃんにも見せたいくらいです」
「こらこら、大人をからかうんじゃないぞ! ゴードンさんには、内緒で頼む」
ランスさんは、僕を前に手を合わせる。
僕とランスさんは時折こうやって、ふざけ合う仲だ。
勇者もかっこいいけど、ランスさんもかっこいい。
なんて言っていいかわからないけど、大人の余裕がある感じに憧れる。
「ふふふっ、わかりました」
「またな、リズ! ゴードンさんにも宜しくなー!」
「はい、またー!」
ランスさんは、足早に冒険者ギルトを去っていった。
実はこの人。
アイモーゼンの冒険者ギルトに訪れる冒険者の中で、唯一じいちゃんの冒険者時代の話を知る人だったりする。
とはいっても、どうでもいい昔話しかしないし、多くは語ってはくれないんだけど。
問い詰めても、「俺は見てきた訳じゃないから、詳しいことまではわからないんだよなー」とか言って苦笑いをして済ますし。
取りあえず、未だによくわからないじいちゃんの過去話は置いておいて。
そのランスさんがギルドを後にしてから十分程、経過しただろうか?
ようやく僕の番が回ってきた。
歩みを進めて討伐クエストが貼れているボードの左側を目を向ける。
すると、驚きの光景が広がっていた。
「へっ!?」
その光景に思わず声を漏らしてしまう。
目の前のクエストボード貼ってあるはずの討伐クエストの用紙が何一つありはしない。
まさかの、討伐クエストが売り切れ状態となっているようだ。
いや、この場合は売り切れじゃなくて、品切れだろうか?
こうなると、やっぱりじいちゃんとスレイプニルの散歩について行った方が良かったような気もする。
せめて、納品方法とかをライカさんに聞くのもありかな?
よし、取りあえず切り替えていこう。
ついでに採取クエストも受けるのもいいかも。
採取クエストの張り出してあるコルクボードの右側に目を受ける。
うん、しっかりした品揃えだ。
というか、不人気だ。
ボードの左側が何もないせいで、より一層不人気なのが際立っている。
今日、受注するのはそうだな……。
もう一度、クエストボードを見渡す。
シトリンゴートの生息地に生えているシビレン草はやめておいた方がいいよね。
じゃあ、この辺りに生えている回復草かな。
そんなことも思いながらも、回復草の採取クエストを手に取り、受付へと持っていった。
「ライカさん、おはようございます」
「あ、リズ君! おはようございます」
ライカさんの目の下には隈が出来ている。
というか、その後ろに積み上げられている書類の量が普通じゃない。
ゆらゆらと揺れて今にも倒れそうだ。
「あはは……随分と忙しいそうですね」
「そうなんですよー! 異常発生だか、何か知りませんが、早朝からずっとこんな感じなんですよー! 処理をする人の気持ちを考えてほしいですよねー! 魔物にも人ニモ♪」
顔こそ笑みを浮かべているが目が笑っていない。
怒っている。間違いなく怒っている。
これじゃ、討伐クエストの納品方法とか聞ける空気じゃないよね。
「……そんな忙しいところ、すみません」
「ウフフッ♪ お気になさらず、お仕事ですしね」
「で、ではこのクエストをお願いします」
僕は恐る恐るその手に持っていた採取クエストをライカさんへと渡す。
「はい、回復草ですね。承知致しました」
「はい」
「それではこちらをどうぞ」
ライカさんは素材回収用の麻袋を手渡してきた。
「ありがとうございます! では――」
僕はその麻袋を受取り、ギルトをあとにしようとしたその時。
「あ、あの? リズ君、この後の予定はありますか?」
ライカさんが、話し掛けてきた。
このタイミングで声を掛けてくるのは、きっとお昼のお誘いだ。
えーっと、僕の予定は今のところ、この採取クエストのみだよね。修行は休みだし、じいちゃんはスレイプニルと散歩に出掛けているし。
「今日は何もありませんよ! お昼ですか?」
「良かった♪ はい、お昼です! あ、でもゴードンさんとの修行は大丈夫なんですか?」
「大丈夫です! 今日、修行お休みなんですよねー! じいちゃんがスレイプニルと散歩するってきとで」
「ウフフッ♪ そうですか、お散歩ですかー! でしたら、大丈夫ですね」
うん? 何か一瞬だけど、怒ったように見えたけど……気の所為かな?
実はライカさんって、じいちゃんの話をすると、時折雰囲気を変えることがある。
どう説明していいのか、わからないんだけど、その場の空気が重くなる感じだ。
ただ、すぐに元に戻るのでよくわからない。
「で、ですね!」
「では、早速行きましょうか♪」
ライカさんは、優しい笑顔を浮かべている。
良かった。どうやら、もう元通りって感じだ。
「はい、行きま――」
「あ、ちょっと待って下さいね! 引き継ぎを済ませておきますので――」
僕が返事を返そうとするとそれを遮り、ライカさんは、他のギルド職員の人に仕事の引き継ぎを行い始めた。
ちょっと抜けてるところはあるけど(今みたいに引き継ぎを忘れそうになるとか)
でも、基本的テキパキこなしていくし、人当たりもいいよね。
引き継ぎを受けている職員の人も何一つ嫌な顔をしていないし。
カッコいい大人のお姉さんって感じだ。
「お待たせしました! もう大丈夫です♪」
「はい、では行きましょうか――」
「はい♪」
こうして、僕とライカさんはギルドをあとにした。
どのお店に行くのか、話しながら。
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