第28話 屋台主ヤクモさん


――肉の焼ける香ばしい香りとジュウジュウという音、それを求める人で賑わう屋台通り。


すれ違う人たちは、シトリンゴートの串焼きを頬張り、他愛のない話で盛り上がっている。


「うふふっ♪ 相変わらず、人通りが多いですし、いい匂いがしていますねー!」


「そうですよねー! 本当にいい匂いがしますよね。僕なんてお腹が鳴ってしまいそうです」


ライカさんは、周囲を見渡しながらも、僕の左隣で歩幅を合わせて歩いてくれている。こういうさり気ない気遣いが出来るのも僕が憧れる要因の一つだ。


こんなやり取りをする僕らをアイモーゼンに住まう人たちは、少し年が離れた姉弟のように接してくれる。


それに他人から見たら少し似ている部分があるらしい。

憧れている人に似ているって言われるのは嬉しいんだけど、僕からすると一体どの辺が似ているのかわからないんだよね。


そういえば、ライカさん本人も初めて会った時、知り合いに似ているとか言ってたような……。


あとは全く関係なく、「まだ子供だから気にすることないよな」とか「そんな対象じゃないだろう」とかこそこそと本音を口にする冒険者の人たち(ライカさんのファン)なんかもいる。


大人になるとこんな感じになってしまうのかな……としみじみ思ってみたりなんかして。


そんなことを思いながらも、ライカさんとの会話を楽しみながら歩みを進める。



―――グゥゥゥゥゥ。



うん、鳴ってしまった。


毎回思うけど、本当にこの匂いを嗅いじゃうと、反射的にお腹が鳴ってしまう。


音の大きさはともかく、もうじいちゃんと同じだ。


顔が熱いし、凄くすごーく恥ずかしい。


ふと隣を歩くライカさんに視線を向ける。


「うふふっ♪ お腹減りましたね」


口に手を当てて微笑んでいる。


うん。尚更、恥ずかしいや。


「あ、あの。すみません!」


「うふふ♪ 大丈夫ですよ! 誰でもお腹が減っちゃうと鳴っちゃいますから」


でも、やっぱり素敵なお姉さんだ。

じいちゃんにも、こういう部分が備わればいいんだけど。

ただ、大声で笑うだけじゃなくてそっと一言を添えるとか、所謂、大人の余裕ってやつを。


ちなみに、そのライカさんが少し前に教えてくれたことだけど、ライカさんは獣人の国アルフレザ出身で珍しい種族なようだ。


それがライン王国の領土となると、種族名が明らかになるくらいで、命が狙われたり、騒ぎなったりするらしい。


だから、基本的に自ら種族名を明かすことはないし、その種族の特徴がよく出ているという頭と瞳を帽子と眼鏡で隠しているとのこと。


こんな重大な秘密を教えてくれた理由は、僕のことを信頼できる人物だと思ったことに加えて、やっぱり知り合いに似ているから教えてもいいと思った女性の勘というものらしい。


子供の僕に女性の勘なんてわかりはしないけど、信頼してくれたのは素直に嬉しかった。


まるで"勇者の彼方”に出てくる人物のようで不思議だけど。


そんな感じで、少し前のことを振り返りながら歩みを進めていると行きつけの屋台に着いた。


「お、リズにライカちゃんじゃねえか! らっしゃいっ!」


そこにはもうすっかり顔なじみとなった元気な店主さんがいる。


この人は、いつも気さくに接してくれる”ヤクモ”さん。

僕とじいちゃんが初めて町に訪れた時、立ち寄った屋台の店主さんで。

年中、白いTシャツに腰に波模様のエプロンを巻いている灰色の耳と尻尾が特徴的な獣人のおじさんだ。


「こんにちは! ヤクモさん」


僕が近づき挨拶を返すと、ヤクモさんはいつも通りライカさんと僕の顔を交互に見て笑顔を向けてきた。


「おう!! 今日も二人一緒とはやけるねー!」


これはヤクモさんなりの挨拶で、何故か僕らが一緒に居ると必ず「やけるねー!」と言ってくる。


でも、周囲のお客さんもいつもやり取りだから、特に気にしている様子もない。


もちろん、隣にいるライカさんも挨拶として受け取っているようで自然に返していた。


「うふふっ♪ こんにちは、今日も繁盛していますね。ヤクモさん」


ライカさんの言う通り、僕ら(主にライカさん)が決まった時間帯お店に通っていることが大きいようで、この町に初めて来た冒険者の人が目に留まり行列を作ることになっている。


なんせ「眼鏡がいい」とか「実はスタイルがいいじゃないか」とか「優しそうな雰囲気が好き」とか、ライカさんの容姿や立ち振る舞いを褒める人たちもいるくらいだ。


「ははーっ! おかげさまでね!! それに今のうち捌いておかなぇと、値が下がっちまうからなー!」


そんなライカさんの言葉を受けたヤクモさんはとても嬉しそうにしている。


ヤクモさんの言葉を聞いた僕とライカさんは顔を見合わせた。


ライカさんの表情は、なんていうか少し申し訳無さそうというか落ち込んでいる様子だ。


冒険者ギルドでごった返すくらいに人が溢れているなら、その肉を卸している屋台にも影響が出ることは当たり前のこと。


だけど、ライカさん自身も忙しかった為に、気が回っていなかったんだと思う。


僕もヤクモさんの話を聞くまで、当たり前のことなのに頭に浮かびもしなかった。


子供の僕が気付けたところで、何もできないけど。

ショックはショックだ。


でも、僕なんかよりも、冒険者ギルドの職員であるライカさんは、もっとショックを受けているに違いない。


「……それはやはり、シトリンゴートの異常発生がこちらにも影響が出ているということでしょうか?」


ライカさんは、僕から視線を外すと絞り出すような声でヤクモさんに話し掛ける。


「あ、いやいや! 大丈夫大丈夫! ライカちゃんが、そんな深刻な顔をするこったぁねぇっての!」


「そうでしょうか? ギルドが介入する案件のようにも思えるのですが……」


ライカさんは、ギルドと取引相手であるヤクモさんや屋台を営んでいるこの通りの皆のことを思ってか言葉を発するたび、その表情は暗くなっていく。


僕は、まだ討伐した魔物を納品する方法は知らない。


だけど、ギルドから解体した魔物が卸されて、屋台の人たちが買い取るという流れは僕にでも、簡単に想像できる。


どう考えてもライカさんのせいじゃないよね。


異常発生なんて事前にわかるわけなんてないし。


こんな僕の心の声を代弁するように、ヤクモさんが大声でライカさんに納得できる内容を口にした。


「ははっ! 大丈夫だ! こういうのはよくあること! なんつったって俺らの相手は野生の魔物だ。天候や季節よっても色々と変わる。それに仕入れの増減が怖くて屋台主が務まるもんかっての!」


ヤクモさんの声を聞いた周囲の屋台を営んでいる人たちも「ったりめーだ」とか「屋台人間なめんなよ」と笑顔で続く。


このやり取りを見ていたお客さん達からも拍手喝采が起きている。


そんな皆のおかげでライカさんも徐々に元気を取り戻していった。


「そうですか……そうですね! あ、ではこちらで応援を! シトリンゴートの串焼きを四串お願いします」


ライカさんは、自分に言い聞かせるように言葉を発し、指四本立てて注文をする。


「いいねぇー! そっちの方が何百倍も嬉しいぜ!」

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