第29話 屋台の裏側

注文を受けたヤクモさんは、屋台の下に置いてある保冷庫から下処理の終えブロック状に切られたシトリンゴートの肉を取り出した。


この保冷庫は切り分けた肉が温度変化により、痛まないように魔法で生成された氷がたくさん入っている。

ただ誰が魔法を使用したかはわからないらしい。


だけど、ヤクモさんが言うには冒険者ギルトから氷が融ける時期に合わせて半年に一回ほど購入しているとのこと。


この話を聞いた時は、そんな凄い使い手が居るのに名前が明らかにならないのは変だな……とか思いながら聞いていた。


「リズくん、どうかしましたか?」


ライカさんが心配そうな表情で僕に言う。


どうやら、ぼーっとしていたことで心配を掛けてしまったようだ。


ライカさん、ごめんなさい。

保冷庫を見たことで、ついつい気になっていたことを思い出しちゃったんです。


なんて言うと優しいライカさんのことだから、話が膨らんでしまい休憩時間中にギルドへ戻れなくなっていまうかもしれない。


ここは、言わないでおこう。


「だ、大丈夫ですよ!」


「はい? それならいいのですが……」


ライカさんが、僕の答えに首を傾げていると、ヤクモさんの掛け声が聞こえた。


「よぉーし! いくぞぉぉぉー!」


その勢いのまま、保冷庫から取り出した肉を調理台に置き、右端に置かれていた包丁を手に取る。


そして、目にも止まらない速さで切り分け、流れるような動きで、一口大となったその肉へと串をテンポよく刺していく。


何度見ても見事と言わんばかりの手捌きだ。


「何度見ても凄いですねー♪」


先程まで、僕の態度を気にしていたライカさんもその技に釘付けになっている。


「へへっ、これくらいは普通だ。普通!」


ヤクモさんは、照れくさそうにしながらも炭火で肉を焼いていき、少し焼目が付いたらひっくり返す。


「ほらぉ、よっとっ!」


串を返すたび、お肉から滴った油が炭火に触れ食欲をそそる音が聞こえ香りも漂う。


僕らがその一挙手一投足に夢中になっていると、ヤクモさんも、気付いたようで誰がどう見てもわかるほど、串を返す動きがいつもより大袈裟で派手になっていた。


「どうだぁぁー!」


串刺しになった肉が宙を舞う。


炭火で串を焼くという火加減や見極めが大切な仕事なのに、その間に掛け声やターンを決めている。


その他にも、火の通りを均一にするために前後左右素早く串を入れ替えたりしていた。


あ、これは普通のことだった。


とにかく、このパフォーマンスのおかげで、屋台の周りにお客さんが集まり始め、その様子を横目で見ていた他の屋台主さん達も同じように「こんちくしょー!」とか「せいやーっ!」などと続き、その度に通りを歩く人たちから歓声と拍手が挙がっている。


そのかいもあってなのか、それぞれの屋台にお客さん達が列を成すまでになっていた。


一方、この歓声を受けた屋台主さん達は、とても楽しそうで充実している感じだ。


きっと、皆はお客さんの顔が明るいのが一番嬉しいんだと思う。


自分達に何があろうとも、目の前のお客さんを楽しませて、いつも通りの味、同じ値段で提供し笑顔にする。


これが屋台主の心構えなのかもしれない。


そんなこと思い浮かべていると、もう肉が焼き上がるのかヤクモさんの動きが落ち着き始めていた。


ステップやターンに癖の強い掛け声をしていたというのに、今や炭火で焼かれているお肉の状態を凝視し、団扇うちわで風を送っている。


なんていうか凄いギャップなんだよね。


とても凄いギャップ。


真剣な表情と額から滴る汗からして相当大事なタイミングってわかるんだけど。


こればっかりは慣れないかも。


じいちゃん相手だったら、ともかく。

ヤクモさんだし、なんて声を掛けたらいいかわからないよね。

まさかツッコミ待ちなわけなんてあり得ないし。


それにこの団扇で風を送る時って、屋台の店主さん全員が同じ状態になるんだよね。


僕は周囲を見渡す。


うん、後ろに並んでいるお客さん達は首を傾げているし、屋台通りを歩いている人たちもシトリンゴート串焼きってよりも、ヤクモさんや屋台主さん達のギャップに吸い寄せられている感じだ。


次はもっと凄いことするんじゃないのか? みたいな視線や声まで聞こえる。


きっと事情を知らない分、この後のことを知ったらどう思うのか心配だよね……。


「えーっと、ヤクモさん……そのパーフォーマンスって」


「……オウオウ、リズ、そんな顔すんじゃねーヨ! 俺も好きでこうしてるんじゃネー! 仕方のねぇことなんダー」


僕の表情を見たヤクモさんは、この盛り上がりからの落差について不本意らしく団扇を仰ぎシトリンゴートを焼きながら口を尖らせている。


もちろん、これは僕だけに言っているわけではなく通りにいる人たちに向けても言っている感じだ。


だから、いつもより声を張っているし、急に盛り下がった雰囲気が恥ずかしいのか顔が赤い。


でも、なんだろう?


所々、カタコトように聞こえるし、なんかおかしいような……。


「ヤク――」


僕が声を掛けようとしたら、ライカさんが声を掛けた。


「うふふっ、そうですよ♪ 何事も仕上げは大切ですもんね」


顔を赤くしているヤクモさんに微笑み掛けている。


さすが、ライカさん助かった。


ヤクモさんもじいちゃんほどじゃないけど、一度へそを曲げてしまうとなかなか機嫌を直してくれないんだよね。


雰囲気が変なのは気になるけど。


「ははは……ライカちゃんには何でもお見通しってかー。いやぁー! 職人として一番いい状態を見極める時はどうしてもダメなんだわー! いくら練習しても無理だったしな! まぁこればっかは仕方ねぇ!」


ライカさんの言葉がしっかりと届いたようで、ヤクモさんは冷静を装いながらも、バツの悪そうな顔をしている。


かと思ったら、調理台から素早く屋台の前へと移動し僕に耳打ちをしてきた。


「リズ、お前を利用するようなマネをしてすまねぇ……でも、あんなに注目されちまったら、恥ずかしいだろ?」


ヤクモさんは、僕の右隣にいるライカさんや通りの人たちの視線が気になるのか、キョロキョロと様子を伺う。


でも、どういう意味だろうか?


僕、ヤクモさんに利用なんてされたかな?


いや……あ、急に大声を出し始めた時かも。


どうりでなんかカタコトで芝居っぽかったわけだ。


「は、はい、そうですね。恥ずかしいと思います」


僕もヤクモさんに耳打ちする。


「だろ? それによぉ……お客さん次は何が起こるんだろう? みてぇな顔をするだぜ? ちょっと言い訳を言いたくなっちまってな……らしくねぇのはわかってんだけどよ……本当はリズ、お前さんと口裏を合わせようと思ったんだけどよぉ……」


「は、はい、大丈夫です。ライカさんですよね」


「そうそう……ライカちゃんに全部言われちまったんだよなぁ……なんかすまん」


ヤクモさんは、やっぱり恥ずかしかったようだ。


確かに周囲の人たちは、徐々に派手になっていくパフォーマンスに夢中になっていた。


それなのに急に普通の調理に戻った。


だけど、そのせいで、もしかしたらこの後もっと凄いパフォーマンスが控えているんじゃないか? と思ったその場に居た全員がヤクモさんや、屋台主の皆さんの一挙手一投足を逃さまいと注視していた。


そんな中、もう仕上げ工程に入っているので、普通で焼き上げますなんて言えるわけがないよね。


「ヤクモさんの気持ちわかります……僕だって、あの視線を浴び続けるのはちょっとこたえますし」


「ヘヘッ……さすが、リズだな! お前さんと話しているとついついガキだってことを忘れそうになるぜぃ……」


「あはは……褒め言葉と受け取っておきますね」


「おう、間違いなく褒めてる褒めてる。あ、この事はライカちゃんには内密にな……」


ヤクモさんは、僕に耳打ちしながら右隣にいるライカさんを見ている。


「は、はい」


ヤクモさんが僕の事を評価してくれることは嬉しい。

だけど、たぶんライカさんには全て筒抜けって感じがするし、周囲のお客さんや屋台主の皆さんにもバレていると思う。


その証拠に僕とこそこそ話すヤクモさんを見ている人たちの顔はにこやか……いや、ニヤニヤしている。




☆☆☆




僕とのこそこそ話を終えたヤクモさんは、素早く屋台の中へ戻り調理を始めた。


仕上げ工程なので普通に焼いているけど、先程の恥ずかしそうな表情と違い、お肉を見つめる顔は落ち着いている。


それに離れていることも計算に入れていたのか、戻っても慌てることなく慣れた手つきで串を返す。


「いい感じだな」


同時に余分な脂が炭火に滴り「ジュッ」という、耳障りの良い音を鳴らしている。


たぶん、お客さんに自分の気持ちを伝えれたことで気兼ねなく、作業に集中出来ているんだろう。


とにかく、ヤクモさんがいつも通りに戻ってなによりだ。


そんなことを考えている間に、シトリンゴートは焼き上がった。


「おっし! 完成だ! 持っていきな!」


ヤクモさんが、焼き終えたシトリンゴートの串を手渡してくる。


それを僕が受け取り、自分用に二串。


ライカさんに二串渡した。



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