第25話 大きくも小さくも見える背中

周囲に砂埃が舞う中。



――ズドォォォン。



宙に浮いていた人影は着地し、ザッザッと足音を立てながら近付いてくる。


「ゴホッ、ゴホッ! だ、誰っ?!」


問い掛けに応じることもなく、歩みを進めてくる。


そして、僕の手前で止まり、同時に砂埃が収まった。


「まっ、こんなもんじゃの!」


じいちゃんが満足そうな表情で現れた。


衣服に付いた汚れを払っている。


何となく予感はしていたけど、やっぱりじいちゃんだった。


「じいちゃん……って、あ、あれ?」


じいちゃんの姿を確認してから、体に力が入らなくり、その場で膝を着いてしまった。


「……リズよ、どうじゃった。初めての討伐クエストは?」


じいちゃんは腰を落として僕に視線を合わせる。

その眼差しはとても優しい。


「うん……採取クエストとは、全く違った」


ナイフを握る手に視線を向ける。


手は血で真っ赤。籠手部分も返り血がかかり赤黒くなっていた。

この様子だと、くすんだ白色だった服にも返り血が付着していると思う。


これが命のやり取りを行なった結果。


魔物とは言えど生きており、彼らにも普通の日常があることを思い知った。


僕はそれを奪い取ったのだ。


「討伐クエストが、こんなにも怖いものだなんて思わなかった」


「……そうか、それがわかっただけでも前進じゃな」


じいちゃんはいつもように豪快な笑い方をせず、小さく頷く。

すると、突然その場でしゃがみ込んだ。


「ほれ、立てんじゃろ?」


疲労困憊となった僕へと背中が向けられる。


じいちゃんは、この重みを教えようとしたのかもしれない。


討伐クエストには、それなりの覚悟が必要だということを。


本当のことはわからないけど、向けられた背中がいつもより大きく感じられた。


「う、うん……ありがとうじいちゃん」


大きな背中に体を預ける。


「うむ、気にするでない」


じいちゃんは僕の足に手を回すと、ひょいっと立ち上がり、登ってきた山道へと目を向けた。


「では、今日はもう宿に戻るとするかの」


「……ごめん、じいちゃん、僕が不甲斐ないばかりに」


「ガハハハ、何を言っておる! ワシが疲れたんじゃ! ほれ、歳も考えず暴れたしの! 実は着地の時、足は捻るわ、腰は痛めるわで、今日は限界なんじゃ!」


僕のことを思っての発言だとは思う。


だけど、僕を背負い軽々と立ち上がったのだ。


嘘ということは、誰でもわかる。

じいちゃんは、やっぱり最後最後で爪が甘い。


「だけど……じいちゃん――」



――いつものように嘘を指摘しようとしたその時。



「――気にするでない! 上出来じゃ、胸張れ! もし思うことがあれば、次に活かせばよい」


とじいちゃんは、僕の言葉を遮り、いつになく真面目な声色で励ましてくれた。


困った。


絶妙に勘違いを起こしているようだ。


だけど、大きな背中越しに聞こえるこの声。


本気で僕を心配し、本気で励ましてくれているのが、伝わってくる。


今回は指摘するのをやめよう。


「う、うん。わかったよ」


「よし! では、町に戻って腹ごしらえじゃー!」


じいちゃんは山道を降り始め、勢いよく空に向かって拳を突き出している。


その表情は、びっくりするくらいに明るく何だか嬉しそうだ。


僕も同じように空に向かって拳を突き出す。


「やったぁぁぁーーー!」


こういうのは、その場の空気に乗る方が楽しいし、元気が出るというのを冒険の日々で学んだ。


その影響なのか、先程までお腹減っていることすら忘れていたのに思い出した。


じいちゃんはやっぱり凄いね。

場の空気を一瞬にして変えてしまう。


その背中で、改めて凄さを噛み締めていると急に歩みを止めた。


「あ、その前にシトリンゴートの回収をせねば……」


「あ、本当だね……」


僕らはすっかり忘れていたのだ。


これが討伐クエストだったことを。


倒したシトリンゴート達のことを思い出した僕らは、来た道を戻ることにした。




☆☆☆




山の中腹に位置すると思われる、まだ焦げた肉と毛皮の臭いが漂う自然豊かな場所。



この場所に戻ってきた僕とじいちゃんは、討伐したシトリンゴート達の前にいた。


「しまった……焦げておるのう」


じいちゃんは冒険者ギルトから支給された僕くらいの大きさである麻袋を持ちながらも、その表情は暗く、大きな背中も丸めている。


あれだけの大立ち回りをしたのに、後のこと考えてなかったのだ。


僕が命からがら討伐したシトリンゴート以外、焦げている。


本来なら、毛皮もその肉も納品出来たはずなのに、ピンク色……いや、それを通り越して焦げ茶色となった地肌丸見えつんつるてん状態。


まず、こんな状態だと討伐クエストを達成を認められたとしても、素材の買い取りは不可能だ。


残念なことに。


なんていうか、こういうのってじいちゃんらしいけど。


「うん、焦げてるね……剥げているね……」


「うむ……」


じいちゃんも息絶えたシトリンゴート達を目の前に顔をしかめている。


たぶん、僕と同じことを考えているのだろう。


小さな声で「毛皮はもう無理じゃの……」とか「肉も無理かのう……」などと呟いている。


相当ショックなようだ。


無理もないと思う。


僕に討伐クエストに挑む覚悟を間接的(言葉に出さず)に教えたというのに、じいちゃんが討伐し、日常を奪われたシトリンゴート達は、何かを残すこともなく、この山の中で朽ちていく可能性が高いからだ。

とはいっても、落ち込むじいちゃんをこのまま放って置くわけにもいかない。

また突拍子もないことを言い出すかもしれないしね。


「じいちゃん! 僕が討伐した魔物を持って帰ろう」


「うむ……しかしじゃな」


じいちゃんは口を「ムッ」という感じに閉じて、腕も組んでいる。


焦げてしまった九頭のシトリンゴートをどうしても諦めきれないらしい。


「そんなに悩んでも仕方ないよー。それにほら! もし焼け焦げてなくても、これだけの数持ち帰れなかったし」


「すまん……」


僕の言葉が違う意味合いで伝わってしまったらしい。先程よりも、表情は暗くなり大きく見えていた背中は小さく見える。


またまた、困った。


こうなると、立ち直るのに時間が掛かってしまう。


本当に凄いんだか、凄くないのかわからないや。


この後、僕は「疲れて体が言うこと聞かない」とか「お腹が減り過ぎているのかも」とか、ひと芝居うって落ち込むじいちゃんの気を強制的に逸らすことに成功した。


じいちゃんも嘘をついたんだから、僕も嘘ついてもいいよねって原理だ。


まさか信じるとは思わなかったけど。


「よし! では、さっさと宿屋に戻るとするか! おちおちしとると、町に着く頃には夜になってしまうからの! ガハハハ」


僕の言葉により、切り替えができたじいちゃんはいつも通り、大きな声、大きな動作をするようになっていた。


今も目の前でシトリンゴートの入った麻袋片手にグルングルンと肩を回したり、体をほぐしたりしている。


すると、僕に近づき背中を向けてしゃがんだ。


「ほれ! リズ、背中に」


「あ、ありがとう!」


背中に体を預ける。


じいちゃんは、僕が背中に乗るのを確認すると両手で支えヒョイっと立ち上がった。


「うむ。では、いくかの」


「うん!」


大きくも小さくも感じる不思議な背中。


でも、おかげで討伐クエストをこなすことが出来た。

もし、じいちゃんが来なかったら……なんてことを考えると未だに怖い。


だけど、僕は冒険者としてのニ歩目(討伐クエスト)を踏み出せたのだ。


今日はそれだけで満足。


宿屋に着いたら、いっぱいご飯を食べさせてもらおう。あと、素材の納品の仕方とかも教えてもらわないと。


そうなると、冒険者ギルトに向かうのが先になるのかな? またじいちゃん、忘れてたりして……。


ま、いっか。


着いたら、言おう。


こうして、何とか討伐クエストを終えた僕らは山を降りていった。

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