第24話 魔物との戦い

――山道を進みしばらくして。


山頂とふもとを見る限り、山の中腹くらいに位置するだろうか?


景色はまたガラリと変わり、森のように草木が生い茂っている。


地面も固い岩から、ふかふかで柔らかい土へと。


周辺に漂うシビレン草の香りも更に強くなっている。


だけど、シトリンゴートの姿はない。


それに不自然なほど静かだ。


「ここに居るはずじゃないの?」


「いや、本来は生息地じゃから居るはずじゃ。ほれそこに足跡があるじゃろう?」


じいちゃんは、僕の足元を指差した。


そこは草木が生えておらず道っぽくなっている。


獣道というものだろう。


だけど、やっぱり音すらしない。


「でも、居ないよ?」


「うむ……今度は下に気配があるの」


じいちゃんは、下を向き面倒くさそうな表情をしている。


「えー! 今度は下?! じゃあまた下に降りるの?」


「そうじゃな――よしっ! ワシだけ下に降りるわい」


「な、なんで?」


「まぁ……気にせんのでよい。それよりお主は身構えておけよ! たぶん、ワシが下に向かえばあやつらは上に登る」


「う、うん」


「ほいじゃの!」


じいちゃんは、登ってきた道のりをショートカットする為か、森から崖に向かいそこから飛び降りた。



――ドォォォォン!



高さがどれくらいかとまではわからないけど、たぶん常人が同じことをしたら大怪我になるということは確かだ。


もう驚きはしない。


だって、じいちゃんだから。


何事もなかったかのように、地割れを起こしたふもとで手を振るじいちゃんはさておき。


理由はわからないけど、じいちゃんが下に降りるとシトリンゴートは上に登ってくるらしい。


本当にそんなことで、シトリンゴートが現れるんだろうか?


ただ、生息地を間違えただけのような……。


「メェェェェェェェエーーーー!」


「で、出たぁぁぁぁぁーーーー!」


僕が叫び声を上げている間に、一匹、二匹、三匹と次々と出てくる、出てくる。


白くもこもこした毛皮に決して当たっても、痛くなさそうな丸みを帯びた頭の両側から生える角。


額には薄く黄色い魔石が輝いている。


間違いない。


シトリンゴートだ。


じいちゃんの言う通り現れた。


数にしてざっと十匹ほどの群れだろうか?


大きさは僕より少し多いといった感じだ。


じいちゃんが下に移動してから上に来たってことは……。


まさか、じいちゃんを襲ってくる魔物と勘違いして逃げてきたってこと?


だけど、それなら急に現れたことへの説明がつく。


いや、そんなことよりも、今は目の前にいるシトリンゴートに集中だ。


僕は姿勢を低くして腰に着けていたベルトから、小さなナイフを手に取り構える。


「よし」


シトリンゴートは、何も気にしていないようだ。


ナイフを構えているというに、全く興味を示さないし、僕を害をなす敵だと認識していない。


それどころか、のんびりと歩いたり仲間同士で毛繕いしたりとしている。


この雰囲気を壊して討伐するってことだよね。


「いつ攻撃を仕掛けたらいいんだろ」


僕がナイフを持って様子を伺っていると、一匹のシトリンゴートと目が合った。


「ッンメェェェェェェェエ!」


そいつは、僕が危害を加えようとしていることを察したのか暴れ始めた。


息を荒げ前脚を上げたり下げたりを繰り返している。

もういつ襲いかかってきてもおかしくはない。


「先手必勝だぁぁー!」


僕は魔物が呼吸を整えて向かってくる前に、全力で地面を蹴り距離を詰めていく。


だけど、魔物も必死だ。


僕が攻撃に踏み切ったのを理解すると逃げることなく向かってきた。


周囲に草木が生い茂っているのに物ともせず止まる様子はない。


瞬く間にお互いの攻撃が当たる範囲。


魔物が雄叫びを挙げて前脚を振り上げようとした。


怖い、怖い、怖い、怖い。


「だけど、ここで倒さないと」


ナイフを握る手に力を込めて、首筋にナイフを突き刺した。


嫌な感触が手に伝わってくる。

皮、肉、骨を断ち切る生々しいもの。

自分の体温より、暖かい血。

興奮と緊張のせいか速くなった鼓動、魔物と言えど生物特有の息遣い。


採取クエストでは、味わうことのなかった嫌悪感。


それでも後には引けない。


ここで止めてしまえば、僕の命も危ないからだ。


首元に刺したナイフを更に押し込んだ。


「ごめんね……」


「ギィィィィィ……」


魔物は、鳴き声を挙げるとゆっくり息を引き取った。

それに呼応するよう、後ろにいたシトリンゴート達も次から次へと雄叫びを挙げていく。


「「ンメェェェーーーッ!!」」


そして、あっという間に攻撃態勢をとっていた。


地面を踏み鳴らしたり、前脚を上げたり下げたりを繰り返している。


襲ってはこないけど、いつこちらに向かってきてもおかしくない雰囲気だ。


仲間が討伐されたことに怒りを覚えたのだろう。


それは当然のこと。


魔物であろうと、仲間を奪われるのは苦しいもの。


採取クエストと討伐クエストにここまでの違いがあるなんて思いもしなかった。


だけど、取り敢えずここを切り抜けないと。


「倒すしかないのかな……」


とはいっても、この手に持つナイフ一本ではどうやっても切り抜けない。


目の前には、興奮しているシトリンゴートが九頭もいる。


これじゃ一回戻るしかない。


僕は諦めその場から去ろうとした。



――その瞬間。



――ギュン!



という音と同時に、物凄い速さで何かが横を通り過ぎた。


「な、なに? デカい魔物?!」


目の前には荒ぶる魔物、上空からも魔物。


もし同時に襲ってきたら、もう逃げることなんてできない。かなりピンチかも。


僕が空を見上げると、そこには宙を浮いているように見える人影があった。


「良かった、魔物じゃない!」


だけど、逆光で顔までは見えない。


そして、今度はとんでもない量のオレンジ色をした魔力が空中を漂う。


その魔力は、瞬時に人影へと吸い込まれて日食のように人影を縁取った。


「す、凄い速さで魔力が制御されてる!」


僕が驚いている間に人影から拳の形をした無数の炎の塊がシトリンゴートへと放たれた。


放たれた炎の塊は、まるで意識を持っているかのように燃えやすい木や草を避けてシトリンゴートを一頭ずつ打ち抜いていく。


成すすべもなく、シトリンゴートの群れは討伐されていった。


時間にして、数秒間。


僕が驚いている間に、戦闘とも呼べない一方的な蹂躙は終わった。

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