第16話 修行とじいちゃんの気持ち

スレイプニルが見守る木陰の前。


ここで僕はじいちゃんと向かい合っていた。


理由は、もちろん修行の一環だ。


じいちゃんが言うには、今からすることを見てほしいとのこと。


すると、じいちゃんが話し掛けてきた。


「リズ、今これは何をしているかわかるか?」


「うーん、なんだろう?」


いつものように腰に手を当て自信満々に立っているだけに見えるけど。


「立ってるだけかな?」


「うむ、正解じゃ。では、これはどうかの?」


今度も一緒だ。


普通に見る限りではさっきと変わりはしない。


いや、でも服の揺れ方が違うような……。


なびいているというよりは、ゆらゆら揺れている感じだ。


それに所々だけど、赤く光るモワッした何かが周囲を漂っているように見える。


「えーっと、なんか、赤く光るモワッしたものが服を揺らしてる?」


「うむ、正解じゃ!」


じいちゃんの満足そうに笑みを浮かべるこの反応。


どうやら正解のようだ。


ということは、これが見せたかったものなのかもしれない。


僕が気を抜き目を逸らすと、じいちゃんの声が響いた。


「リズよ、まだ終わっておらんぞ」


「えっ?! これが見せたかったものじゃないの?」


「これもその一つじゃが、もっと集中すればお主には見えるはずじゃ! ワシが真に見せたかったものが」


じいちゃんが、真に見せたかったものってなんだろう。

聞きたいけど、僕へ向ける期待の籠もった眼差しを向けていると言うことは……。


今、聞いたところで「取り敢えずやってみい!」って言われるのが、オチだ。


なので、とにかくやってみよう。


集中、集中、集中だ。


僕は目に力を込めていく。


すると、じいちゃんの体の周りからモワモワとした煙のようなものが出ているのが見えてきた。


それは赤く光り、服を揺らし周囲に漂っている。


「な、なんか周りに、周りに! 赤色で光るモワモワしたものが見えるよ!」


「そうか、そうかっ! やはり見えるか!」


だけど、なんだろう。


このモワモワは……。


突然見えたモワモワについて考え込んでいると、それを察してかじいちゃんが口を開いた。


「気になっておるの? ふふっ、これは体の中心にある魔力を認識して、自身に纏っている状態じゃ」


これが魔力。


魔法とかは、冒険者の人たちが使っているのを見たことはあるけど、魔力は目にするのは初めてだ。


今、これを教えてくれたってことは、もしかして僕でも魔法を使えるってことなのかな。


「魔力! じゃ、じゃあ! これが出来たら魔法を使えるの?」


「う、うむ。はやる気持ちはわかる。じゃが、今は話を聞くんじゃ」


「う、うん! ごめん」


「大丈夫じゃ! その反応が普通じゃろうて」


「えへへ、ありがとう」


「うむ。なら、これはどうじゃ!」


「ちょっと待ってね!」


満面の笑み+ピースサインでこっちに向くじいちゃんは無視するとして、僕はまた目に力を込めた。


今度は体に張り付いている。


「張り付いて、なんか服みたいになってるね!」


「やはり、これも見えるか!」


「うん、さっきもモワモワしたのと違うのもわかるよ!」


「さすが、ワシの孫じゃな! これは纏っている魔力を体の中に留めている状態じゃな」


一回、見えたおかげなのか、さっきより魔力の色がしっかりと捉えられる。


じいちゃんはその状態を解除すると僕の方を見つめてきた。


なんだか、さっきまでの雰囲気と違う。


「よいか、このニつはお主が死を乗り越える為には、どうしても不可欠な技術なんじゃ。じゃから、何が何でもお主には身につけてもらう」


改めてじいちゃん口から”死”と言われると、今はまだ実感はなくても、やっぱり何だか胸の辺りが苦しい。

さっきまで、楽しかったのに。


「身につけないといけないってことは、わかったよ。でも、どうして僕にとって必要なの?」


「うむ、まずはそれからじゃな」


じいちゃんは、表情を変えた僕の頭に手を置くと今の状態について詳しく説明してくれた。


「今のお主の状態は、微量ではあるが、自分の意志に関係なく勝手に魔力漏れ出している状態。これを防ぐ為の技術での――」


じいちゃんの話によると、一つ目の修行で自分の魔力を知覚。二つ目の修行で漏れ出している魔力を体に留める。


この二つを完璧に行えるようになれば、魔力が尽きて亡くなるということは起きないようだ。


「――じゃから、この修行が不可欠なんじゃ」


説明を終えたじいちゃんは、僕の目を射抜くようにしっかり見つめている。


だけど、説明されたことを何となく理解しても、やっぱり実感がなかった。


それほどまでに、自覚症状がないし。


魔力欠乏症っていう診断自体が、間違ってたんじゃないか、なんてことも頭に浮かんでいた。


黙り込んで考えている様子が気になったのか、じいちゃんが顔を覗き込んできた。


「……その顔、納得しとらんな。ちょうどよい。百聞は一見に如かずじゃ……さっきワシを見たように自分の手を見てみい」


「う、うん……」


僕は言われるがまま自分の手を見る。


すると、ほんの少しだけど、青く光る何かがこの手から漏れ出ているのが見えた。


きっと、これが僕の魔力。


じいちゃんのように、周囲に漂うことなく。


まるで、怪我をした時のように血が滴り落ちている状態だ。


この症状が”魔力欠乏症”という物なのかも知れない。


「……なんか青く光る液体みたいなものが地面に落ちていってるね」


「……そうじゃろう。それが今も漏れ出し続けておるお主の魔力じゃ」


「じゃ、これを止めないと僕は死んじゃうってこと?」


「そうじゃな……」


やっぱり、僕が考えていた事は当たっていた。


この症状こそが、魔力欠乏症でこれを止めないと僕は死ぬことになる。


自分の目で見たことで、少し実感が湧いてきていた。


背に迫る死を。


でも、不思議とそこまで落ち込むことはなかった。


それはきっと「ワシに任せろ!」と事あるごとに僕を励ますじいちゃんの存在があるからだと思う。


今だって僕より、話をしたじいちゃんが落ち込んでいるくらいだ。


これじゃ、僕は落ち込めないし泣いてなんていられない。


でも、このおかげでじいちゃんの気持ちを理解できた気がした。


いくらじいちゃんでも、自分の孫に毎回、死ぬことを言わなければいけないことは辛いということ。


だけど、僕が乗り越えるのを信じて冒険者のことや色々な事を教えてくれたということを。


じゃあ、僕はこの思いに応えるだけ。


「任せて! ニつとも必ず習得してみせるよ!」


「よし! よく言った! さすがワシの孫じゃ」

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