第15話 魔物の名前
魔物が暴れた跡が残る木の下。
じいちゃんは僕が降りてくると、マンダ何とかという魔物の特徴について話してくれた。
「――そうじゃ、そうじゃ! あやつの話をせんとのう!」
「えーっと、あやつって、あの大きな牙のマンダ何とかっていう魔物のことだよね?」
「うむ、そうじゃな! あの魔物は、マンダリンボアと言って普段は大人しいのじゃが、目の前で動くものを追いかける習性があってのう。絡まれると結構難儀なんじゃ! それに討伐ランクはD、普通に考えてお主では相手にならんからのう」
「な、なにそれ! じいちゃん、そんな大事なこと早く言ってよー!」
町へ訪れる前に出会っていたんだから、もしかしたらまた会うことは想像できたはず。
しかも、Dって言ったら三つも上のランクになるよね。
あれ、もしかして僕、九死に一生体験したのかな。
まだ、何も克服できていないのに。
「あはは……危なかったんだ、本当に」
驚く顔を前にしても、じいちゃんは特に悪びれることなくいつものように大きな声で笑っている。
「ガハハハ! いや、すまん! 忘れておった!」
「えっ!? 忘れてたの?!」
ただ、忘れていたらしい。
じいちゃん、死んじゃうことを克服する為に、旅をしてるんじゃなかったっけ。
「はぁ……」
深い溜息と共に顔色が変わっていく意味が、鈍感なじいちゃんにも伝わったのだろう。
珍しく、本当に珍しく。
どうしていいのか、わからない様子だ。
「……いや、その……うむ……」
視線を合わせようとせず、何かいい理由がないか探すように目を瞑り考え込んでいる。
「むぅ……うむ」
なんともわかりやすい反応。
とはいえ、このままにしておくといつまでも考え続けるので、僕の方からじいちゃんに声を掛けることにした。
「じいちゃん……せめて、忘れてたのは仕方ないとしてもさ、普通に助けてほしいかな……」
これだけ、ストレートに言葉を伝えれば、鈍感なじいちゃんにも伝わるはず。
だけど、普通という言葉を聞いたじいちゃんは、再び悩み始めていた。
髭を触ったり、腕を組んだりしている。
「うむ、普通にか……?」
「うんうん、普通にだよ」
そんな悩むようなことじゃなくて、ただ、並走したり、木の上に投げるとかさえなければいいってだけなんだけど。
「うむ! ワシにとってはあれが普通じゃな!」
「いや、違うよ! 普通なら投げないよ!」
「うむ。じゃが、お主に大きな怪我もないし、無事じゃからではダメかのう?」
「うん、そうだけど。これじゃ、身が持たないよ……」
どうやら、やっぱりじいちゃんには常識が通じない。何かあっても生きていればオッケーということなんだろう。
全く悪びれることもなく豪快な笑い声を響かせている。
「ガハハハッ、何を言っておる! 今からする修行の方がもっと辛いぞ?」
その姿を前にして、自然と心の声が漏れた。
「えっ?! もっと辛いの?」
「大丈夫、大丈夫じゃ! 何と言っても、このワシが居るんじゃからな! ガハハハッ!」
余計に不安になる。
あのじいちゃんが辛いっていうほどのものだし。
よっぽどものなんだと思う。
でもなんだろう。
魔物に追いかけ続けられるとか、ランクの高いクエストを受けるとかかな。
いや、もっと凄いことを考えているのかも――。
そんなことを考えているとじいちゃんの大きな手が頭を撫でてきた。
「まぁ、そんな不安がらんでもよい! とにかくゆくぞ! 話はそこからじゃ」
そういうと今度は手を差し伸べる。
どうしよう。
で、でも――ここで逃げても、何も変えられない。
「う、うん! わかった」
色々と考えたけど、その手を取ることにした。
「よく言った! ではいくか!」
「うん!」
そして、じいちゃんと一緒にスレイプニルの居る木陰へと向かった。
☆☆☆
スレイプニルがいる木陰の中。
彼は新鮮な草を食べれて満足しているのか、少し高めの「ブルルッ」という鳴き声をあげていた。
「よしよし、退屈じゃなかった?」
話し掛けるとスレイプニルは、ふさふさの尻尾を揺らしながら、優しい視線を向けてくる。
「ブルルッ!」
可愛い。
体が大きくても、変な威圧感もないし、馬だというのに気遣いができている感じだ。
人間のじいちゃんよりも。
そんな僕らのやり取りを見ていたじいちゃんは、少し不満げなご様子だ。
彼に向ける視線が尋常じゃないくらい鋭い。
敵意とは違うかな。
どっちかというと嫉妬なのかも。
視線を向けると、それを待っていたかのようにじいちゃんは近づき話し始めた。
「リズよ、薬草採取クエストは受注出来たな?」
「うん、ちゃんと出来たよ!」
「よぉし! では、今からお主に定められた死を乗り越える為の修行を行う!」
「えっ!? 今からするの?」
「うむ、そのつもりじゃが? 何か問題でもあるのか?」
いや、問題だらけのような……。
じいちゃんのことを信じて、その手をとったことは間違いではないとは思う。
思うけど、いくら怪我がないとは言っても、ついさっきまで、心臓が張り裂けるくらい全力で走っていたんだ、あれだけ怪我の心配をするなら、普通は1回に休憩を挟んでからとかでもいいはずなんだけど――。
「もう少しあとにしようよ! ちょっとだけ疲れたし、なーんか腕も痛いなー、いや、怪我したのかも」
よし、きっとこれで今からするなんてことは言わないはず。
「うん? ガハハハ! いや、怪我はないじゃろ! 重心が偏ったりしておらんしの」
「あはは、あははー! そ、そうだね。じゃあ修行お願いしょっかなー、はははー!」
だめだった。
こんな時に限って、妙に鋭い。
落ち込む僕に対して、じいちゃんは袖口を捲り上げて、やる気まんまんといった感じだ。
「よく言った! それでこそ、ワシの孫じゃ! それに冒険者登録は、二の次で本来の目的は修行じゃからのう」
もうする以外の選択はないって感じだ。
こうなるともう無理だ。
よし、諦めよう。そうしよう。
「じゃ、じゃあお願いします」
「うむ!」
こうして、突然思いついたのか、それとも前から考えていたのか、じいちゃんの修行を受けることになった。
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