第34話 ライカさんとミザさん

口調がいつも通りなったライカさんの方を見つめると、その外見も元に戻っていた。さっきまで別人となっていた彼女が今は元通りだ。


一体どうなっているんだろう?


その変化に混乱していた僕に、ライカさんは話し掛けてきた。


「リズ君、色々と疑問に思うことがあるのはわかっています。でも、今はどうか聞かずにいて下さい。ちゃんと説明しますので」


そう言って僕の手を握り、口を固く閉じた。


その瞬間、声を掛けようとした僕の耳に、別の声が飛び込んできた。


「うおっし! 俺が先陣を切るぜぃ! 野郎どもついてこいよ! 俺等が直接調理してやろうじゃねぇかぁー!」


そのあまりの大声に振り向くと、そこには拳を掲げるヤクモさんと、それに続く人たちがいた。


雄叫びを上げる屋台主たち、出稼ぎに来ている人たち。冒険者の格好をした女性たちも様々な武器を掲げている。


その列の中には見知った顔があった。


遠目でもわかる特徴的なピンク髪にスラッとした容姿。ロイドさんの奥さん、ミザさんだ。


きっと、草原へ向かったロイドさん達の身を案じてここへ来たのだろう。


普段はほんわかした雰囲気に笑顔の似合うミザさんが、真剣な表情で武器を持つ姿を見て、僕の胸は締めつけられた。


ライカさんもミザさんに気付き、悲しげな表情を浮かべた。


「やっぱり、ミザちゃんも来ているよね」


ただ今の僕では、ライカさんが何を考えて何に悩んでいるのかは想像できない。


だけど、ミザさんが武器を持つ姿を目にしたことで落ち込んでいることは確かだ。


それもそのはずで。


ライカさんとミザさんは、昔からの知り合いでとても仲がいい。


僕が見る限りでは、どんな事でも話せる仲にも見えるくらいだ。


それこそ親友と呼べるくらいに。




☆☆☆




あれは二年前。


僕とライカさんは、いつものように冒険者ギルド前で待ち合わせし、屋台通りを練り歩いていた。


『今日はルージュのタルトを食べましょうね♪ リズ君!』


『はい! あ、でも時間は大丈夫なんですか?』


『あー、時間ですか? 大丈夫です! 最近働き過ぎだったので、多めにお昼休憩を取ることにしました』


『えっと……そんな感じで大丈夫なんですか? 勝手に休憩を長く取って怒られたりとかしませんか?』


『大丈夫ですよ! そのあたりは融通がきくので、気にしない下さいね!』


『そうですか……それならいいのですが……』


『うふふ、そうですよ! そんな事よりももうすぐお店に着くので、ちゃんと注文するメニューを考えておいて下さいね♪』


『あ、はい!』


ライカさんは忙しさがピークに達すると何か吹っ切れたように、仕事の都合とか全てを差し置いて、お昼の時間を延長をすると豪語したりしていた。


実際、周囲の反対を押し切りお昼を延長したが、その結果誰よりも遅くまで仕事をすることになっていた。


でも、投げ出さす鬼の形相を浮かべながらも最後までやり遂げたのは真面目なライカさんらしかった。


今思えばあの時、いやもっと初めの頃、冒険者ギルドで僕と彼女が出会った時のように口調や態度が変わるタイミングがあったように思える。


もしかしたら、あれがライカさんに急激な変化をもたらした予兆だったのかも知れない。


こんな状況では真実を確かめる為に声を掛けることもできはしないけど……。



とにかく、その後。



僕らはルージュに着き珈琲の目の覚めるような香りと焼いた小麦とバターの匂いが漂う店内へと足を踏み入れていた。


店内は小さくて、壁は白く、床やテーブル、イスは木目調で統一されており、窓際には六つの席があるのが特徴だ。


そんな店内で僕とライカさんはいつもと同じお店の入口近くの特定の席に座ることになっていた。


『さ、リズ君! 何にしますか?』


ライカさんは、メニュー片手にワクワクとした表情を浮かべている。


『えーっと……でしたら、いつものでお願いします!』


『うふふっ、ルージュ特製ポンジュタルトですね♪』


『な、なんでわかったんですか?』


『だって、リズ君それしか頼みませんよね?』


『あはは……そうでした』


席に着いた途端、彼女は決まって僕の注文を聞いてそれを当てるということ繰り返して喜んでいた。


そんなやり取りを一通り見てから、ミザさんが注文票を片手にピンク色の髪をふわふわと揺らしながら近づいてきた。


『ふふふ♪ いつも仲良しさんですね!』


『うふふっ、仲良しですから♪ リズ君と私は! ねっ? リズ君!』


『あはは……はい、仲良しです』


『こらこらダメですよー! 大人の女性がいたいけな少年の将来を奪うようなことがあっては!』


『ち、違うから! そういうんじゃないからね! 可愛い弟って感じだから』


『そうだよねー、ライカちゃんの年齢を考えたら普通に犯罪だもんねー、だって私の子供と変わんないんだよ? あ、でもそれなら大体犯罪になっちゃうか♪』


『も、もうっ! いいから! わかってるし!』


『はぁーい♪ もう止めまーす♪』


こんな感じでルージュへ来た時は、大体決まって僕にくっつくライカさんをミザさんがからかうことから始まっていた。


『でも、今日はお仕事大丈夫なの?』


ミザさんは心配そうにライカさんの顔を覗き込む。


『大丈夫大丈夫! ミザちゃんが居た時よりマシだから♪』


『うーんホントに大丈夫? 無理してない?』


『……うぇーん、全然大丈夫じゃなーい! すんごく無理してるよおぉぉー! 残業も出ないのにずっと荷馬車のように働いてるよぉぉー!』


ミザさんが泣き始めるライカさんの頭を撫で抱き締めた。


『よしよし♪ やっぱりそんなことだろうと思ったよ……これじゃどっちが年上かわかんないね……』


『歳なんか関係ないよー! 私をわかってくれるのはミザちゃんだけだからね』


『ふふふ、ありがとう! でも、ちゃんと休んでね♪ ライカちゃん』


『やっぱり、ミザちゃん優しいよぉー! ねぇ戻ってこない? 待遇良くするよ?』


『それはダメ~!』


『だめかー! うふふっ♪』


『そうだよー! ふふふ♪』


こんなふうにミザさんはライカさんと一緒に冒険者ギルドで働いていた仲間であり、何でも不満を漏らせるほどの仲。


そして、最後は決まって二人は何だかんだと言いながらも、お互い顔を見つめ合って笑い合う。


そこから注文を伺うという流れになっていた。


だけど今、ミザさんは冒険者のような格好で、ヤクモさんの列に加わり、こちらを見もしない。


このことだけで、ライカさんが落ち込むには十分だった。

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