第35話 皆の思い
ライカさんが落ち込む中、ヤクモさんが率いる集団が近づいてきた。
彼らの姿を見て僕はあることに気づいた。
あの集団にいる冒険者の格好した女性たちは、ミザさんのように冒険者を家族に持つ人の集まりだということだ。
だけど、その表情は硬くて険しい。
そして、身に着けている胸当てや鎧など明らかにサイズが合っておらず、歩みを進める度に金属が擦れる音が響いている。
――ガシャン。
その異様な光景に、僕だけじゃなくて周囲の人たちも釘付けになっていた。
防具の金属音がますます大きくなっていく。
――ガシャン、ガシャン。
さらに近づいてわかった。
女性たちが身に着けている防具の模様や形、色のそのどれも一度や二度見たものじゃない。
あれは僕が冒険者ギルド見かけた冒険者達の物だった。
きっと、急ごしらえで身に着けたんだと思う。
草原に向かった家族を助ける為に。
だけど、今わかっていることは、魔物の足音や正体不明の魔法が止んだということだけで、それ以外のことは何もわからない。
最悪の場合、誰かが命を落としているかもしれないし、まだ危険が潜んでいるかもしれない。
誰かが止めなければ。
「あ、あの――」
そう思い僕は声を掛けようとする。
だけど、歩みを進める度に響く金属音と足音にかき消されてしまった。
それに皆、草原の方しか見ていない。
声を掛けれても、声が届いたとしても、この考えを口にできる雰囲気ではなかった。
周囲の人たちも声を掛けようとしているけど、僕と同じように口籠ったり、躊躇したりしている。
すると、その集団が僕らを横切ろうとした時、ライカさんが立ちはだかった。
「み、皆さん、お気持ちはわかります! ですが……少し落ち着いて下さい! 冒険者の皆さんは無事ですから!」
何がなんでも通さないという決意で、大きく手を広げて必死に女性たちを止めようとしている。
止めようとする理由はわかる。
いくら防具を身に着けても、冒険者でない人が魔物相手に無事で済むわけがないからだ。
でも、なぜ無事だと言い切れるのだろう?
さっきの急激な変化も含めて、何もわからない。
そんな中、ヤクモさんが声を振り絞るようにして応じた。
「……そうだな、ライカちゃんの言い分もわかるっちゃわかる! どうせ俺等の身を案じてくれてるんだろうよ。だけどよぉ……俺らにも家族が居るんだ……」
その言葉に列をなしている全員が頷いたり、短い言葉で反応したりした。
草原から見えた大規模な魔法、町にまで響いた足音、あんなものを見聞きして冷静でいられるわけがない。
列に加わっている人たちの大半は冒険者の家族だ。
僕では想像できない様々な気持ちを抱えているのだろう。
実際、目の前にいる冒険者の家族である女性たちの視線は、一刻も早く大切な家族の元へ駆けつけたいという思いで溢れていたし、武器を構える姿も刺し違えてでも魔物を倒すという強い決意を醸し出している。
それでもライカさんは折れなかった。
拳を握り締め、発する言葉一つ一つに気持ちを込めて、女性たちの視線を受けながらも、先頭にいるヤクモさんを説得していた。
「……はい。重々承知しています。ですが、ギルド職員として、一般の方が命を投げ売ろうとしている。そんな事を目の前にして、放おってはおけません!」
どんな根拠があるのかわからないけど、僕もこの意見に賛成だ。
いくら魔法が消え、足音が止んでも、草原が安全だとは限らない。
ライカさんは姿や態度、口調が変わることも多く、謎が多すぎてよくわからない。
だけど、この一年間、何もわからない僕に対して姉のように接してくれたのは事実だ。
だから、ここまで豪語するライカさんの言葉を信じたいと、そう思った。
「あの……あの! ヤクモさん!」
僕もヤクモさんたちの前に立ち塞がり、勇気を出して声を掛ける。
「おう、なんでぇい!」
「その……ライカさんを信じてあげてくれませんか? お願いします!」
すると、後ろからライカさんの声が聞こえた。
「リズくん……」
「いや、リズ。俺はライカちゃんの立場もわかってるつもりだ。でも、もしかしたらよぉ、この瞬間にも命を散らすかも知んねぇんだ……通してくれ」
「で、でも………」
「いや……すまねぇが通してもらう」
僕の言葉はヤクモさんには届かなかった。
頭を下げ続ける僕を避け、無言で通り過ぎようとした。
止められなかった……。
諦めかけたその時、ライカさんは僕の前に移動して立ち塞がり、頭を下げた。
「どうか、どうか! もう少し待って下さい! 大丈夫ですから! お願いしますっ!」
「ライカちゃんよ……そのお願いは聞けねぇんだ……おめえさんだってこの言葉の意味がわかるだろ?」
ヤクモさんは、頭を下げ続けるライカさんの肩に手を置く。
「で、ですが――」
「いいんだ、責任は俺が取る! もしなんかあったら、俺を牢にでも何でもぶち込んでくれぃ!」
ヤクモさんは全て理解した上で、皆を引き連れてきたようだ。
この町に残された家族や友人と生き別れが起きないように、せめてひと目でも会えるようにと。
ライカさんとヤクモさんが言い合いをしていたら、後ろに控えていたミザさんが物凄い剣幕で二人の間に割って入ってきた。
その彼女の肘がヤクモさんに当たり、体勢が崩れた。
「――おうっと!」
「あ、ごめんね! ヤクモさん!」
ミザさんはヤクモさんに頭を下げると、今度はライカさんの肩を掴み、下を向いている顔を覗き込んだ。
「それよりも……ライカちゃん! 絶対に大丈夫なの!?」
「うん。その――信じてほしい……」
ライカさんは、小さく返事を返すと、ミザさんを前にして、根拠となる何かを言いたいのか、何かを言いかけて口を閉じた。
その様子を見ていたミザさんは、優しく微笑み言葉を返した。
「じゃ……私に誓える?」
「うん、誓えるっ!」
ライカさんは、そんなミザさんの目を真っ直ぐ見つめると力強く返事をした。
「うっし、わかったよ♪ 信用する!」
ミザさんは、気持ちの籠もった返事を聞くと笑顔が弾けさせた。
そこには僕や他の人との間にはない、二人の特別な信頼関係が感じられた。
「ごめんね、ありがと……」
「いいえ~♪ はいはーい、皆さんということで解散しましょうー!」
ミザさんは、手を叩いたり、身振り手振りを大袈裟にしている。
重苦しい雰囲気を変えていこうとしているようだ。
そんな急展開に列を成していた他の人たちは、ついて行けず、この場の雰囲気が少し悪くなりそうになっていた中、ヤクモさんが大きな声を上げた。
「……何言ってんだ! おめぇさんはそれでいいのかよ? ロイドのこともあるだろ?」
その言葉に、後ろに列を成していた全員が頷いていた。
いくらライカさんとミザさんの仲が良いと言えど、理由も何も無い、このやり取りに誰もが納得していない様子だ。
だけど、ミザさんは、そんな雰囲気すらどこかに行ってしまうような元気な声で返した。
笑顔もより一層弾けさせて。
「だいじょーぶです! 心友が言ってることですから!」
「はぁ……ったくよぉ~! こっちは色々と考えてだなー」
「……ちゃんと伝わってる……伝わってるよ。ありがとう、ヤクモさん」
「ふぅ……まぁ、俺は他の奴らがいいんならそれでいいけどよ」
「うん、そこは私からちゃんとお願いするから――」
そして、その後。
ミザさんは、屋台主の皆、出稼ぎ衆、同じ境遇の女性たちと説得して回った。
「何かあったら私が責任を取ります!」という強い言葉を口にしながら――。
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