第33話 ライカさんの変化
銀の牙狼の二人が町を出て行ってから、まるでその動きに反応するように、渦巻く炎柱は姿を変えていき。
真紅の炎とオレンジの炎が層となり、炎の海のように草原へと広がっていた。
あれだけ燃え盛っているのに、周囲の草に炎が燃え広がることもなく、初めて目にした時のような迫力のある音もなっていない。
とても静かに安定した魔法の姿、そして完璧過ぎる魔力操作だ。
じいちゃんの魔法より規模も安定感もその上をいく。
その町の外へ広がる幻想的な光景にライカさんだけではなく、誰もが目を奪われていた。
周囲の人たちからは「ゆ、夢でも見ているのか?!」や「本当に二人は大丈夫なのかしら?」など驚きと草原へ向かったロイドさんとギルツさんの身を案じる声が聞こえてくる。
だけど、その直後――。
皆の不安の気持ちを逆撫でするように何か足音? のような物が聞こえ始めた。
僕の体にもその振動が伝わってくる。
僕は察してしまった。
さっきの魔法が味方の放った魔法だとしても、しなかったとしても、シトリンゴートを止め切れなかったんだと。
だから、これは群れが。
ニ百を超える魔物の群れ近づいてくる足音なのだと。
それは、事情を知らない周囲の皆も同じようなものだった。
目まぐるしく変わる状況に、誰もが戸惑いを隠せず、どこか町全体を重たい空気が覆い、皆が言葉を失っていた。
中には、地べたに膝をつき「おしまいだ」という人や苦い表情を浮かべながら「魔王が復活したんだ、逃げた方がいい」と口にする人までもいるほどに。
口に出さなくても皆が皆、少なからず不安を抱いているんだと思う。
もしかしたら、勇気を振り絞りロイドさんとギルツさん身にも、何かが起きた可能性があるという、最悪の事態すら考えないといけないことを。
そんなことが頭に浮かび肩を落としていると、目の前にいたライカさんが隣にきた。
「リズ……そんな顔をしなくても大丈夫だ」
あれ? 全く口調が違う。
眼鏡越しにもわかるほど、瞳も紫色に光っているし、いつも見せてくれる優しい微笑みではなく、何故か牙のように変化した歯を見せて笑っている。
もう様子がおかしいとかいうレベルじゃない。
仕草や口癖からして完全に別人だ。
それに毛先も同じように紫がかり、体からも紫色の魔力が溢れている。
正直、魔力量の底が知れない。
「あ、えっ――?! ラ、ライカさん?!」
突如、急激な変化を見せたライカさんに驚いているとその変化を周囲にバレたくないのか、帽子を深く被り直して耳打ちしてきた。
「いいか? リズ、今は何も聞くな。まだ誰も気づいていない」
「……はい」
紫色に光る瞳、纏う魔力量に気圧され頭に浮かんだ疑問を口に出せない。
僕は黙って頷く。
ライカさんは無邪気な笑みを浮かべて離れた。
「フフッ、いい子だ」
僕は他の人たちの反応が気になり、周囲を見渡す。
だけど、彼女の言う通り、目まぐるしく変化する状況に正気を失ったとでも思っているのだろう。
それに眼鏡や帽子のおかげで、その変化に気付いている人はおらず、ライカさんに向けられる視線は憐れみを含んだ感じがした。
そして、数秒後――。
何もなかったのように炎の海が消え足音も小さくなり、徐々に聞こえなくなっていた。
「な、なんでっ?!」
「だから、言っただろう? 大丈夫だって」
驚く僕に対して当然だと言わんばかりに、彼女はその場で腕を組んでいる。
それに魔法が消えた草原を見つめ誇らしげな顔すらしている。
この豪胆で堂々してる感じ……ライカさんには悪いかも知れないが、まるでじいちゃんのようだ。
こんな僕らに遅れて気がついた町の皆は周囲を見渡し「た、助かったのか!?」と未だに状況を飲み込めない人や「は、早くロイドとギルツのところに向かわないと!」と草原へ向かった二人の安否を気にする人たちも居た。
落ち着きを取り戻していくことで、町の中には、慌てる人たちの声より、冒険者達の身を案じる声が大きくなっていた。
「あいつらは本当に大丈夫なのか!?」
その誰かが上げた彼らの身を案じる声が響くと、屋台通りの方から、この大通りへと人が流れ込んできた。
先頭を歩いているのは、白いTシャツに腰に巻いたエプロン姿の強面な獣人の男性。
屋台の店主ヤクモさんだ。
彼が率いる集団は様々な背格好をしている。
まず、ヤクモさんのすぐ後ろにいるのは彼に負けないほど迫力満点の屋台主の皆だ。
その後ろには、つなぎ姿をした出稼ぎ(岩塩を狙って)に来ている人族と獣人族の人たちが続いており、一番後ろに控えているのは冒険者の格好をした獣人族や人族の女性達がいた。
その集団を隣で見ていたライカさんはいつも通りの口調、見た目に戻り意味深な発言をした。
「やはり、来られますよね」
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