第32話 冒険者

僕が視線を向ける草原には、立ち昇る二つの炎柱があった。


一つは真紅、もう一つは暖かいオレンジ色をしており、ゴォォォオという音とともに、瞬く間に地面と空を繋げるほどの高さに達していた。


「あ、あれは、なんですか!?」


僕が思わず声を漏らす。



――その瞬間。



音と遅れて、草原から離れているこの町にも、ヒリつくような熱風が吹き抜けた。


その風と僕の声により、ロイドさんとギルツさんは草原の方へと振り向く。


「な!? まじかよ……お、おい、ロイド! あれは何だ!?」


「俺だってわからない! 味方が放った魔法じゃないのか?」


「いや、待て待て! あんな規模の魔法なんて見たことねぇぞ!」


二人は顔見合わせ、驚きを隠せないでいる。


経験豊富な二人でも、この目の前に広がるとてつもない規模の魔法を目にするのは、初めてだったようだ。


僕も理解が追いつかず、憧れていた魔法に怖さを感じた。


この立て続けに起こる、異常事態に周囲の人たちも騒ぎ始めていたけど、ロイドさんたちの機転を利かせた誘導により、大きな混乱は起きなかった。


味方が放った魔法ということにする。


これが咄嗟に浮かんだ二人の案だった。


それでも、この異常事態に動揺する人は少なくはなかった。皆、不安そうな表情で草原の炎柱を見つめていた。


隣にいるライカさんもその一人だ。


地面に膝をつき、ライカさんは「ウフフッ……凄い」と呟き「綺麗……衰えていない」と続けた。


まるで、これが久しぶりの出来事のように。


この普通ではない状態に、僕が心配して声を掛けようとも、微笑み返してくるだけだ。


でも、これが普通なのかも知れない。


僕だって正直なところ足は竦んでいるし、向かおうとしていた決意も揺らぐ。


逃げたいし、隠れたいっていう気持ちもある。


だけど、オレンジ色の火柱の魔力……どこかで見たような……。


そんな中、ロイドさんは動揺するギルツさんに声を掛けた。


「……気持ちはわかるが、ギルツ。俺たちが狼狽えていてはこの町を守れないぞ」


「ああ、クソっ! そうだな。俺たちがここでうだうだしてても意味がねぇ!」


「ふふっ、そういうことだ。わかっているじゃないか!」


「ったりめぇだ! お前こそ、ビビんじゃねぇぞ」


ロイドさんは腰に携えた剣を抜き、ギルツさんもそれに応じて腰に携えた剣を抜いた。


「ああ、では行くぞ、相棒」


「おう!」


僕は二人の姿に心を打たれた。


よくわからないことが目の前で起きても自らを奮い立たせ、仲間を信じて立ち向かっていく。


これが冒険者なんだと。


自分達らしさを取り戻したロイドさんとギルツさんは、振り向き僕とライカさんに頭を下げた。


「さっきはカッコ悪いとこ見せてすまねぇ!」


ギルツさんは大声で言う。


ロイドさんもそれに続いた。


「いや、それは俺もだ。すまん!」


その声に町の雰囲気が落ち着きを取り戻し始める。


でも、ライカさんの様子が変ままだ。

話し掛けてきた二人越しに、草原にあり続ける火柱を何だか嬉しそうに見つめていた。


「いえ、お二人の気持ちは痛いほど理解していま

すので」


ライカさんは、立ち上がると綺麗なお辞儀をしてみせる。


まるで別人のような切り替えだ。


あんな一瞬で立ち直れるのだろうか?


あと、さっき呟いていた「衰えていない」とは、誰のことを指したのかも気になる。


普通に考えると草原で魔法を放った誰かのことだ。


だめだ、わからないし、知らないことが多い。


でも、よく考えてみれば出会って三年も経つというのに、ライカさんについてちゃんと知っていることは少ないのかも。


ライカさんに直接聞きたい。


だけど、今はそんな悠長なことをしている場合ではない。


ライカさんに直接聞きたい気持ちを抑え、僕はロイドさんとギルツさんの背中を見つめた。


「リズ、大丈夫だ」


ロイドさんは、振り向き僕の頭を撫でる。


ギルツさんも同じように頭を撫でてくれた。


「ちゃんと戻ってくるって!」


「それは……はい。心配していません。僕はお二人を信じていますから! でも――」



不安を口にしようとした時。



ライカさんは、不自然な笑みを浮かべながら、僕の言葉を遮った。


「ウフフッ♪  そうですよ。お二人なら大丈夫です。宜しくお願いしますね」


やっぱり、どう考えてもいつも違う。


いつもなら僕の言葉を遮ったりなんてしない。


僕が不安を募らせていると、銀の牙狼の二人は、その言葉を素直に受け取り、力強く声を重ねて突き進む。


「「任せろ!」」


そんな彼らを鼓舞するように周囲から歓声が巻き起こり、二人は互いの剣を重ね合わせ応える。


そして、魔法があり続ける草原へ向かった。

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