第31話 緊急事態

そんな優しい人達が血相を変えて走ってくるなんて、何かとんでもないことが起きたのかも知れない。


「な、何かあったんでしょうか?」


自然と握る拳にも力が入る。


それはもちろん、隣にいるライカさんも同じようで、視線を向けるとその顔は強張っていた。


「わ、わかりません。ですが、ただ事ではないですよね……」




☆☆☆




「――はぁはぁっ。ラ、ライカさん! た、大変だ! 異常発生していたシトリンゴートの大群が町に向かっている!」


ロイドさんが、息を切らせながら外で起きた異変を伝える。


僕はその言葉聞いて耳を疑った。


シトリンゴートは山岳地帯にしか生息していないのに。


それなのにシトリンゴート達は、その草原を通り町に向かっているのだ。


何かが起きている違いない。


僕らにはわからない何かが。


「待って下さい! 本当に大群が町に!?」


聞いたこともない状況に、ライカさんも取り乱す。


無理もないと思う。

二人の表情を見て構えていても、これは予測がつかないことだ。


実のところ、僕も少し怖い。

一匹であんなに手こずったのに。


そんな僕らを前にロイドさんの左隣にいるギルツさんは、更に驚くことを口にした。


「ああ、大群だ! 百、二百じゃきかねぇ!」


「「……えっ?! 百、二百?!」」


僕とライカさんは、顔見合わせて思わず同じ言葉を口にする。


だけど、この町には多くの冒険者がいるんだ。

だから、大丈夫なはず。


でも、何で町に向かって来るんだろう?


そんなの考えを代弁するようにライカさんがロイドさんに尋ねた。


「――ですが、シトリンゴートって、そんな攻撃的な魔物でしたか!?」


ライカさんの言う通りだ。

実際、僕が対峙した時も危害を加えようとするまで、襲ってくる気配なんてなかった。


「いや、違うんだ! あいつらそこまで好戦的じゃないはずなのに、魔石を光らせてだな。突然、襲いかかって――と、とにかく! 早く対処しないとまずいと思う!」


魔石が光ってる? 突然、襲ってくる?

一体、どういうことなんだろう?

何が何だかわからない。


「それは早く対処しないといけませんね!」


混乱する僕とは違い、ライカさんは状況を聞いたことで、重大さを理解したのか驚いていた顔から、真剣な表情へと変わっていく。


そして、ロイドさんも、ギルツさんも伝えたいことを伝えれたことで、少しだけど落ち着きを取り戻し始めていた。


「だろ? そいつが言ってるように色々とマズいんだよ。まだ先に行ってる連中と門番の野郎が踏ん張ってはいるが――数が多過ぎるんだ。あれじゃ、いつまで持つかわかんねぇ……」


ギルツさんは、ゆっくりと状況を説明する。


それにつられて右隣にいるロイドさんも、落ち着いて現状と要件を伝えた。


「そうだ、元々頭数的にもあいつらがの方が多い。 その上、今いる冒険者では拮抗状態になっているんだ。実力者の援護をお願いできないか?」


「すみません……それは難しいかも知れません。頼りのランス様は、他の討伐クエストを求めて町を出たばかりですし、他の高ランク冒険者様も同じように、この町にはいらっしゃいません……もし、伝書鳩を飛ばしても二〜三日は掛かってしまうと思います」


「二〜三日!? それは無理だ。持ち堪えらんねぇ! 他には? 他には居ねぇのかよ!? この際ランクなんて関係ねぇよ! 何だったら領主様のとこにでも行ってくるぜ!」


「わかりました! でしたら、冒険者ギルドに掛け合ってきます! まだギルドには、地方から来られた冒険者の方がいらっしゃいますので!」


ライカさんの視線が冒険者ギルドの方向へと向けられる。


確かにそうだ。

まだギルドには冒険者の皆が居たはず。

向こうが数で来るならこっちも数で対抗すればいい。

そうすればどうにかなるはずだ。


だけど、ライカさんの提案を受けたギルツさんの顔色は良くなかった。


「……いや、冒険者ギルドの奴らにはもう声を掛けた後なんだ。もういねぇんだよね……心当たり奴らは……本当にいないのか?」


「……いらっしゃいます……ですが――」


ライカさんの視線が僕に向く。


うん、冒険者ギルドの人達がいないなら、もう僕しかいないよね……。


でも、すぐさま視線を外しギルツさんの方へと向けられた。


その視線の動きに気付いていないギルツさんは、ライカさんに近付き、鬼のような形相で捲し立てた。


「もったいぶってねぇで言ってくれよ! ライカさん! あんま悠長なことを言ってると間に合わなくなる!」


「おい、ギルツ! あんまり強い言い方するな! ライカさんも困ってるだろ!」


そんなギルツさんを止める為、ロイドさんが割って入る。


「お、おう……すまねぇ」


「い、いえ! 私は大丈夫です。ですが……やはり」


二人の話を聞けば聞くほど状況が良くないことがひしひしと伝わってくる。


とにかく、ギルツさんの言う通り本当に手に負えないなら、この町の領主様にお願いするのも良い手かも。


でも、ライカさんが口籠もっているのは何故だろう?

もしかして僕のことを心配してくれているのかな?


確かに怖い、怖いけど。


僕だって冒険者だ。


ここで何もしないなんて、これじゃ冒険者とは言えない。


勇者の彼方で語られる勇者は、どんな時も前を向き、困難が立ちはだかろうとも、自らそこへ立ち向かっていったのだから。



――なので僕が出す答えは一つ。



「……僕がいます!」


僕は心に決めて手を挙げる。


「……はっ?! いやいや! いくらランクなんて関係ねぇなんて言っても、無茶だってことくらいわかるぜ……それなら領主様ところに行ってくるっての!」


「ああ……そうだな。俺も冒険者と言えど、未来のある子供に命を張れなんて言えない!」


「ですが、僕も冒険者です!」


ライカさんは、僕の言葉を聞いて悲痛な表情を浮かべていた。


「リズ君……」


やっぱり心配してくれていたようだ。


二人もそうだ、僕のことを心配してくれている。


掛ける言葉の熱量、向ける視線は真剣そのものだ。


僕が行っても、まだじいちゃんと組み手を始めたばかり、討伐できたとしてもシトリンゴート一頭が精一杯。


魔力欠乏症で魔法も使えない。


戦力とならないのは重々承知している。


だけど、道具を使用した応急処置や援護なら出来るかも知れないんだ。


だから、行くことを決めた。


この優しい三人に反対されようとも。


自分の出来ることをする為に、後悔しない為に。



そう覚悟を決めた瞬間――。



町の向こうに、とてつもなく大きな炎柱が二つ現れた。

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