第22話 組み手

心地よい風が吹き抜ける木陰の下。


僕とじいちゃんは、お互いの手が届く範囲で向き合っていた。


「――よいかリズ、ワシがゆっくり出す攻撃をしっかり見て避けるだけでよい」


「避けるだけ? そんなのでいいの?」


「ああ、そうじゃ! 避けるだけじゃ! 簡単じゃろ?」


「そうだね、避けるだけならいけるよ!」


「ふふっ、そうじゃろそうじゃろ!」


じいちゃんはこの修行がしたかったようで、魔力の修行をする時よりも妙に声が明るい。


ちょっと小馬鹿にしているような。


何か含んだような笑みを浮かべているのは気になるけど。


「でも、ゆっくりって、どれくらい?」


「うむ、そうじゃな。これくらいじゃ」


じいちゃんの大きな拳がゆっくりと近づき右胸に当たる。



――ぽすん。



うん、全く痛くない。


気合いも勢いもないゆるゆるへなへなパンチだ。


こんなことをしようとしたじいちゃんの気持ちも、パンチの意味もよくわからない。


普通に考えて、こんなゆっくり攻撃をする魔物なんていないと思う。


魔物の恐ろしさはマンダリンボアで経験済みだし。


「じいちゃん、この修行はなんの役に立つの?」


「ふふっ、言うと思ったわい」


「これも予想してたの?」


「ま、何となくのう」


じいちゃんは、僕が聞いてくると考えていたらしい。

つくづく鋭いのか、鈍感なのかわからないじいちゃんだ。


「ま、そんなことよりもじゃ! 今はこの組手に集中してもらうぞ」


「う、うん」


「よいか、ゆっくりでもちゃんと相手の攻撃を目で見て、避けれることが大事なんじゃ」


この話を聞いてわからないことができた。


それはこんなゆっくりな攻撃ならどうやっても躱せてしまうこと。


実戦じゃ、こんな攻撃なんてありえないからね。


「でも、これじゃ絶対に避けれちゃうよね?」


「そうじゃな、でも、これが全ての基礎となる」


「基礎?」


「うむ、ゆっくりでも顔に近づけば目を逸らしたり、目を閉じようとするじゃろ?」


「うん、だって反射的に閉じるからね」


「その通りじゃ、じゃがな大事の際に目を逸らしたり、目を閉じるというのは一番の弱点となる」


「うん、確かに閉じちゃうと何も見えないもんね」


「うむ、じゃからこの単純な修行をする必要が出てくるのじゃ。反射的に目を閉じるという自身の恐怖心を克服する為にの」


なるほど、反射的に目を閉じないようになんて、普通に生活してたら身に付かない。


「そっか……うん、頑張ってみる」


「ああ! 間違いなく、この修行をするかしないかで、お主の将来に影響してくる! ワシはそう考えておる」


「しょ、将来?! そ、そこまで影響するの!?」


「ふふっ、そうじゃ! それくらいにこの修行は大切なんじゃ! じゃから、頑張れ!」


じいちゃんは親指を立ててニカッと笑みを浮かべている。


何か意味があるとは思っていたが、まさか将来のことまで考えているなんて思ってもみなかった。


お金ごとにちゃんとしていないし、誰でも信用するし、常識はないし、子供のような態度をするけど。


それでもやっぱり、僕にとってはいいじいちゃんだ。


「じいちゃん……たくさんありがとうね!」


その言葉を聞いたじいちゃんは、こっちを見ることなく返事をした。


「う、うむ……」


どうやら、じいちゃんは少し照れているようだ。


後ろから見ても耳が赤いのがわかる。


こうやってじいちゃんの気持ちを当てた時は決まって視線を合わそうとしない。


「ふふっ、本当にありがとう」


「……ま、まぁ、気にせんでいい」


もう一度、気持ちを伝えると観念したのか顔を下に向けながら言葉を受け取ってくれた。




☆☆☆




――それからしばらくして。



じいちゃんが落ち着きを取り戻すと、ゆるゆるへなへなパンチ修行を開始していた。


まずは、じいちゃんがゆっくり僕の顔へ目掛けて右ストレートを放つ。


僕はそれを目を逸らさず、閉じることなくギリギリで避ける。


ギリギリで避ける理由は、次の動作に素早く移り、相手の出方を読みやすくなるからとのこと。


これは戦闘において、魔物や対峙した相手から先を取る”先の先”と呼ばれる技術の基礎らしい。


他にも、敢えて先を取らしてからカウンターを狙う”後の先”なんていうのもあるようだ。


じいちゃんが曰く、後の先は難しいからまた今度とのこと。


とにかく、こうした単純で簡単なことの繰り返しだ。


だけど、これが想像以上にしんどい。


ゆっくりだけど、どうしても反射的に視線を逸らしてしまい目も閉じてしまう。


少し前まで、簡単に避けれると思っていた自分が恥ずかしいくらいだ。


こうやって、自分の体で起こる反射に逆らう修行に手こずっているとじいちゃんが声を掛けてきた。


「なんじゃ、もう疲れたのか?」


少し息を上げると嫌味が混じったような笑みを向けてきている。


じいちゃんは、僕が手こずることをわかってたんだ。

だから、初めに僕が「避けるくらいならできる」と言っていた時に笑っていたのか。


「はぁ、はぁっ。ふぅ……」


「どうじゃ? この修行は簡単か?」


「……ううん、簡単じゃない」


「ふふっ、そうじゃろ?」


「うん、じいちゃんから説明を受けてパンチをもらった時、もっと簡単だと思っていた……」


「じゃろうな。ま、これに懲りたら、やったことのないことできる! なんか言わんことじゃな。冒険者をやる以上はいつ何時、命のやり取りが起きるやも知れん。そういう時は今のような返事をすると安易に命を危機に晒してしまうからの」


「そうだね……ごめんなさい」


「ふふっ、大丈夫じゃわかればよい。まぁ、この修行についてはいくら難しいと言っても、これが基礎じゃからな。逃げることはできんしのう。言えることは一つ。頑張れじゃ!」


「うん! じゃ早速もう一回! お願いします!」


「ガハハハッ! それでこそ、ワシの孫じゃ!」


じいちゃんは、ただの嫌味で笑っていたわけじゃなかったようだ。


やったことのないことを自分の価値観だけで判断するのを注意する為だった。

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