第9話 冒険者の条件③

リターニア西部でも、湿地帯というのだろうか。

雨が多くて、苔や木々が生い茂る場所で回復草やペリドットフロッグの捕獲に精を出していた頃。


ここで僕らは大きな木と木の間に雨を通さない加工のされたテント中で生活をしていた。


朝早く起きた僕は、テントの中で大の字になり寝ているじいちゃんを横目に、素早く着替えを済ませて採取用の麻袋を準備する。


『これでよし! っと』


スレイプニルはというと、もうすでに起きており、動物的感なのか、いつも雨の当たらない場所でこちらを見つめてくる。僕がその視線に気付くと『ブルルッ』と見送りの挨拶をしてくる。


『うん、行ってくるね!』


そして、木の根元生えている回復草を見つけて取っていく。


『あっ、ここにも! 生えてる!』


大体、僕が採取を始めて三十分くらい経ってからだろうか? じいちゃんが遅れて採取場所に訪れてくる。

まだ眠たいのか、大きなあくびをしながらだ。


『お、今日も精が出るのう!』


『うん、僕これ好きかも! 集中し始めたら楽しいし』


リターニア西部にいた頃は、こんな感じで薬草採取はこなしていた。


実際、薬草採取に没頭し始めるとじいちゃん来たことも居なくなったのも全く気付くことはなく。


というか、僕は今の話を聞いてじいちゃんが居なくなっていた事を初めて知ったくらいだ。


でも、未だによくわからない僕らの主食になってしまっている、緑色のヌルヌルした魔物の捕獲は、別だった――。




☆☆☆




再び、リターニア西部湿地帯でのを日々。


ペリドットフロッグの捕獲といっても、起きる時間も用意する物も一緒だ。


着替えを済ませて、その手には麻袋を持って森の中へと入っていく。


『よいっしょっと!』


だけど、違う点があった。


それは雨の中で行うということと。


初めからじいちゃんが一緒に居るということだ。


『やっぱり、雨は嫌だな……』


『まぁ、そう文句をいうでない』


『うん、仕方ないよね……』


なぜなら、理由は単純でペリドットフロッグは、雨が降るときに大量発生するから。


ただでさえ、木々が生い茂り、苔も生える森での作業は足元が悪いのだけど、何度もこなしている為、足元が悪くなっている中でも、転ぶこともなく採取場所へと進んでいく。


『もう少し、先にっと』


『……段取りはわかっておるな? リズ』


『うん、任して! 嫌だけど……』


『むぅ……まぁ、わかったわい』


そのまま歩みを進めて、大きな水溜まりがある採取場所へと着いた僕らは連携して捕獲していく。


『そっちへいったぞー!』


『おし! 捕まえた』


麻袋の中に入っても『ゲコゲコ』と鳴いているだけのペリドットフロッグ。


『で、でもうぇぇ……気持ち悪い』


とはいえ、相手は魔物。


初めのうちは、じいちゃんが一緒に居ており、順当にその捕獲数を増やしていく。


一匹、ニ匹、三匹と。


そして、ある程度の僕自身の動きに流れ(角に追い詰め、逃げ道をなくしてから捕まえる)ができたら、じいちゃんはその姿を消していた。


今なら、じいちゃんが姿を消した理由がわかる。


あの間に、冒険者登録に必要な手続きを行っていたのだろう。


だけど、その後。


一人になった僕は、緑色のヌルヌルの魔物ペリドットフロッグを捕獲するのに凄く苦労する羽目になっていた。


それはいくら流れができたからといっても、相手は十、二十じゃきかない数だからだ。


その上、彼らは背後から近づくとまるで背中に目がついているようにピョンピョンと躱し「ゲコゲコ」鳴きながら周囲に散らばっていく習性があったせいもある。


結局、彼等を仕留めた後、僕の装いは全身泥だらけになっていた。


今思い出しても腹立たしい。


あの嘲笑うかのような鳴き声と決して速くもないのに捕獲しにくい感じ……。


そして、何より気持ち悪い。


とはいえ、あの苦労の日が報われたのは凄く嬉しい事だ。


「なので、お主は今日から晴れて冒険者じゃ」


僕はじいちゃんが差し出してきた親指ほどの白銀プレートを受け取った。


「う、うん」


「なんじゃ、嬉しくないのか?」


その言葉に僕の顔が、一瞬陰ったのを見ていたようで、じいちゃんは心配そうに顔を覗き込んできた。


そんなじいちゃんに自分の気持ちを伝えようとした。


「嬉しいけど、その――」


「その――なんじゃ?」


口ごもる僕に対して、じいちゃんは急かすことなく言葉を発するのを待ってくれていた。


正直、冒険者になれたことは素直に嬉しい。


けれど、じいちゃんの話を聞いて、少し気になることがあった。


それは、僕が一回も冒険者ギルドに行っていないことだ。


行っていないというよりは、行かせてもらえないというのが正しい表現かも知れない。


この町に来てから、僕が見学でもいいからしてみたいとじいちゃんに提案しても、何故か頑なに頭を縦に振ろうとしなかった。


それどころか、二言目には「この町じゃないギルドなら一緒に行ってもいいぞ」理由はわからないけど、この町のギルドに行くことを渋っていた。


だけど、今回は話が違う。


いくら幼くて何も知らない僕でも、直接ギルドに赴くことや本人確認が必要なことなくらいは理解できる。


じゃないと、誰でも冒険者になれてしまうからだ。


特に有力な貴族とかになると、お金で解決できてしまう可能性だってある。


それこそ、お金で人を雇って代わりにいってもらうとか。


あとはなんだろう。


親に頼むとかだろうか。


でも、そうなると身分など関係ない冒険者の在り方を否定することとなってしまうのだ。


だから、やっぱり本人が冒険者ギルドに行かないといけない。


「じいちゃん、その……僕が冒険者ギルドに直接行かなくてもいいの?」


「大丈夫じゃ! この町には、ちょうど知り合いがおってじゃな。そやつに頼んできた!」


じいちゃんは、心配など無用と言わんばかりの顔で答えてくれたが、本当に大丈夫なのだろうか?


それに知り合いとは誰のことだろう。


僕と一緒にギルドへ行きたがらないことに関係しているのだろうか?


肝心なことを何も言わないから、全くわからないけど、よくないことのような気がする。


どうしよう。


そんな感じで頭を悩ませていると、じいちゃんの中ではもうこの問題は終わったものらしく、鼻歌を歌いながら、地面に散らばった魔物と薬草を拾い始めていた。


その姿を見たことで、悩んでいることが馬鹿らしくなって考えることをやめた。


それに冒険者登録の条件についてはズルはしていないしね。


間違いなく全身泥まみれになって、毎日欠かさず捕獲と採取を続けていたのだから。

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