第8話 冒険者の条件②

僕が反応出来なかった理由は、この魔物が僕らの主食だったからだ。


いや、違う。


所持金が少なかった僕らではこの美味しくないの権化であるヌルヌルした緑色の魔物を主食にするしかなかったから。


だから、反射的に首は傾げてしまうし、町へ訪れてまでもこれを食べなければいけないのかと想像するだけで顔にも力が入ってしまう。


そんな僕とは違い、じいちゃんは笑顔を浮かべている。


「ふふっ、聞いて驚くなよ? こやつが関係しておる!」


「えっ!? その魔物が?! 冒険者になる為の条件に関係しているの? 本当に?」


いきなり、トラウマになっているヌルヌルした緑色の魔物が関係している。なんて言われてもよくわからなかったし信じたくもない。


もちろん、その関係の仕方にもよるけど。


ただ、やっぱり食べなければならないというような条件だったら、僕は冒険者になる事を諦めなければならない。



とても残念なことに――。



僕の煮え切らない歯切れの悪い様子がじいちゃんにとって歯がゆいのか「ぐぬぬぬ」と言いながら、今度は左手を僕の前に差し出した。


「で、では、こっちはどうじゃ?」


その手にはまた見慣れた物が握られている。


鮮やかな緑色をした葉っぱが特徴の一般的に薬草と呼ばれる回復草だ。


そして、様子は先程より何だか鼻高々という感じだった。


でも、そんな物を今更出されてもどう反応していいかわからなかった。


その手に持っている回復草については、特に嫌な思い出はないし、気分が下がることもない。


だけど、じいちゃんの右手に握られている魔物が僕の気分を下げてくる。


「もちろん、回復草は知ってるよ? でも、その……」


「そんな嫌そうな顔をするでない! このペリドットフロッグと回復草を一定量冒険者ギルドへ納める事が冒険者として登録できる唯一の方法じゃ」


じいちゃんは歯を見せ両手に持った回復草とヌルヌルした緑色の魔物を僕に近づけてくる。


ちなみに、この魔物の【ペリドットフロッグ】という魔物はランクGで、討伐……と呼べるのかわからないけど、冒険者じゃなくても、その日暮らしの人たちには人気の魔物で。


美味しいなんて、思ったことはないけど、調理も簡単で栄養も豊富なやつ。


ことわざである『ブルースネークに睨まれたペリペッドフロッグ』なんていうのにも出てくるほどに有名な魔物だ。


「えぇぇぇえっー!? そんなの一言も聞いてないよ!」

「いや、そらそうじゃろ! 今日初めて言ったんじゃし」

「言ったんじゃしって……もっと早く言ってよー! 僕はただ、お金がないからよくわからない魔物狩ってると思ってたんだよ? だから……色々と我慢してたのに……」


本当に。


だから、あの美味しくないの権化も仕方なく食べてきたんだ。


冒険者として登録できるということは、心の底から嬉しいし何だったらそこまで考えてくれていたことには、とても感謝している。


いるけど、それならもっと早く言ってくれていたらこんな複雑な気持ちを抱かずに済んだはずだ。


どうしてくれようか、この気持ち。


もういっそのこと抱えている不平不満をぶち撒けて年相応に振る舞おうか。


もういやだ。

肝心なことはなんにも言わない。

じいちゃんなんて嫌いだ。


とか言ってその場で寝転んで駄々を捏ねてみるとか。


それともシンプルにじいちゃんなんか知らない。

とかそっぽを向いてみるとか。


だけど、そんなことが通じるなら、こんな子供(小難しい)になるわけもなく問い詰めるのを途中でやめた。


でも、どうやら不平不満が顔に滲み出ていたようでじいちゃんが珍しく頭を下げてきた。


「うむ……そこはすまん! じゃが金がないのは事実じゃし、金の為に行っていたのも事実じゃ!」


「……やっぱりお金はないんだね」


本当にないなら仕方ないよね。


もしお金があって(魔物や薬草の納品で)割高の物でもこっそり買っていたら許せないと怒るつもりでいたけど。


「じゃあ……仕方ないよね」


「そ、そんな落ち込まんでいいじゃろうて……」


じいちゃんは肩を落としている。


「ううん、落ち込んではいないよ……ただ受け入れるのに時間が掛かっただけだよ」


そうなんだ。

決して落ち込んでいるわけじゃなくて。


ただ、世知辛い世の中を噛み締めているだけ……お金はそう簡単に増えはしない。


そういえば、”勇者の彼方”で描かれている勇者一行もお金には苦労したと書かれていた。


物語として語り継がれるほどのパーティがお金に困るんだ。


もしかしたら冒険者なら、誰もが通る道なのかも知れない。


よし、決めた。飲み込もう。


僕は口に出しかけていた世の中への不条理を飲み込んだ。


すると、じいちゃんが突如、その手に持っていた魔物を放り投げ。


そして、その大きな筋骨隆々の巨体をくねらせて溜息をつく僕に何かを見せてきた。


顎に蓄えられた白い髭も風でなびく。


「じゃーん! ほれ! 見るがよい!」


じいちゃんはその手に持っていた僕の名前”リズ”と魔力属性が刻まれた白銀のプレートを前に出してきた。

首からさげれるようにチェーンもついている。


「なにそれ?」


「あ、そうじゃった! 言っておらんかったな! これは冒険者の証じゃ! しかもお主のな」


「え、えっ、いつの間に!?」


「ほれ、お主が薬草を採っている時とか、ペリドットフロッグを獲るのに躍起になっている時じゃ」


確かに今思い出すとじいちゃんが突然いなくなる時が何度もあった気がする。


あれはそう、僕らがリターニア西部にいた時のこと――。

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