第6話
「よっ!若旦那 第六話」
堀川士朗
突然、若虎一座に室田かなでが入って来た。
移籍だ!
元の劇団、宝竜は辞めて室田乳安とも別れてきた。三行半(みくだりはん)を叩きつけたのだ!
荷物はバッグひとつきりで、半ば押し掛け女房といった形であろうか。
元々籍は入れていなかった乳安とかなでの二人。子供がいない事も幸いした。ただ、乳安は全く納得はいっていないだろう。
劇団若虎一座と劇団宝竜との関係は最悪のものとなった!
しかしどうしても若旦那、彦四郎と添い遂げたいと思ったかなでの一途さ、けなげさが愛おしい。
座長であり彦四郎の父でもある虎五郎も、二人の仲は大歓迎した。
虎五郎には夢があった。
いつの日か孫を抱きたいという、かなり具体性を帯びた夢だった。
「はっきり言って乳安は最低の男だったわ。気に食わない事があると、顔も殴られたし、お腹も蹴られた。そのくせ俺の首を絞めてくれとか言う変態だったし。それでもあの人の事信じようとしたけど、仏心出して信じたあたしが馬鹿を見た。……あたし、あたしの四年間全くの間違いだったって事にやっとやっと気づいたの」
「かなで。もうお前を離さないぞ。俺はかなでを幸せにする」
「彦四郎……愛してる」
二人は強く優しく抱き合った。
夜公演。
舞踊ショー。
彦四郎とかなでの相舞踊。
曲は『冬のエチュード』。
カットインでスポットライトにより二人の純白の着物が照らし出された時、客席からは、
「ひょ~うっ!」
「最高!綺麗だね~!」
「待ってました、御両人~!」
と掛け声が掛かった。
二人は息を合わせて踊る。
紙吹雪が舞台天井のキャットウォークから舞い散る。
その綱もとを上下に操作しているのは座長虎五郎自らである。
満員の客席。
立ち見も出ている。
客は大興奮している。
おひねりの万札が、降りしきる雪に呼応するかの如く舞った。
まるでここだけバブルが再燃したかのような空間だ!
性的だ。
エロチックだ。
そう。
大衆演劇の舞踊ショーは、基本ストリップと概念を同じくしているのだ!
客の飽くなき興奮や欲望を充たすために役者、踊り手は流し目を配らせてシナを作り、身体を限界まで海老反らせる。
客層が中年男性か、ヒマとカネを持て余らせたおばちゃんかの違いだけで、基本ストリップと同じだ。
だが、それは貴賤やジェンダーの問題ではない。
要はストリップと同様に気高くプロ意識を持って一曲の踊りを踊らなければならない。
大衆演劇のお客はシビアだ!
踊りが不味ければすぐによその劇団に行ってしまう。
馴染みのお客たちもすぐに離れてしまうのが、この世界の現実。
木戸銭を払ってくれたお客様を、サービス満点の形骸化されていない『おもてなし』で満足させて帰さなければならない。
夢とは裏腹に非常にタイトな職業なのである、大衆演劇は。
なおかつ情報通な常連客たちはかなでが彦四郎を追って、乳安を捨ててまで若虎一座に移籍したその内情を事細かに知っている!
乳安・かなで組の相舞踊よりも遥かに高いレベルのものを提供出来なければ、そうでなければ、悪い噂を流されて潰されてしまうだろう。
だが、そんな心配は杞憂に終わった。
この夜の彦四郎とかなでの『冬のエチュード』は最高だった。
観る者全てを魅了した。
それは二人の、確かなる愛の証だった。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます