第4話


 「よっ!若旦那 第四話」


          堀川士朗



今月は若虎一座の公演は川崎の大平劇場で行われている。

テレビ番組の朝のバラエティー『キャロットタイム』で若虎一座が取り上げられ、取材に来る日だ。

お客さんを入れての公開録画。

ただでさえ狭い大平劇場の楽屋に機材を持ち込んだスタッフとリポーターが詰めかけて圧迫感がある。

朝の食事風景から撮影が始まった。

カメラが回っているので、みんな緊張しながらご飯を食べている。

続いてメイクアップの最中。

クローズアップされて、アイライナーを持つ手がフルフル震える。

着物に着替えた一座の面々。

彦四郎が飛吉にジュラルミン刀で殺陣回りの稽古を三手四手つけてやっている。

子役の三太がフューチャーされる。

子役は視聴率が取れるからであろう。

三太はカメラの前で愛想良くニコニコと笑って普段通りで楽屋挨拶回りをしている。

雪町姐さんと愛染は相舞踊の、『おんな乱れ扇子』の踊りの手順を幕がまだ開いていない舞台面で動きながら確認している。

二人の持つ扇子が要(かなめ)返しでくるくるととても巧みに回っていてそれをアップで撮影している。

狭い楽屋では座長の虎五郎と花形の若旦那、彦四郎がリポーターのテッド向井の取材に応じている。

虎五郎は得意げになって話しているが、中にはぶしつけな質問も飛び出していつ虎五郎がかんしゃくを起こすかと彦四郎は気が気ではない。

だが、大丈夫だったようだ。

虎五郎は朝の缶ジュースを手にしていて、飲む時に小指がピンと立っていて彦四郎はそれを見てニヤニヤしている。

テッド向井も小指をチラチラ見て気になっていたようだが、そこは突っ込まなかった。


やがて芝居が始まる。

場面場面の良いとこ取りでカメラが回る。

ショーでは彦四郎が踊っている。

袖の音調卓についている愛染が、


「牛若ァ~ァ、若虎~ァ!」


と独特のイントネーションで、エコーを効かせたマイクで客席を盛り上げている。


撮影用に舞台の灯りをいつもより明るくしてくれと、撮影スタッフからさも当然のように言われた猪七は不機嫌そうに、独りでずっとぶつぶつ文句をたれながらスポットライトの光量を上げて操作している。

公演が終了した。

お客さんの送り出しのシーンで撮影が終了する。

お役御免とさっさと帰る撮影班。

謝礼金は少ない。



夜の盛り場。

川崎の居酒屋で飲む虎五郎と彦四郎。

店内は仕事帰りのサラリーマンなどで賑わっている。

虎五郎が口を開く。


「マ、川崎は他の小屋より客が薄いから少しは宣伝になるかと思って取材も引き受けたが……でもテレビ局は、そこまでの責任は取りやしないよ。テレビって奴は冷たいからな。俺たちはただのネタにしか過ぎねえんだ。今日のにゃんことかラーメン特集と同じだ」

「そういうもんかね父さん」

「そういうもんだよ。お前がまだ三才の子役の時にも報道バラエティーがうちの一座に取材に来たが、まるで俺たちを水族館の珍しい魚ァ見るような眼でカメラを回していやがったな」

「覚えてないや」

「まだちんまかったからな。カメラに興奮して楽屋中フルチンで走り回ってたよ」

「かなりアクティブだったな俺。全国に俺のフルチン観られちゃったんだ」

「今日はいつもの三倍疲れたな。割りに合わねえや。マ、お疲れ」


二人の親子は改めて乾杯した。

ハイボールの泡が、少し弾けた。



           つづく


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