第2話


 「よっ!若旦那 第二話」


          堀川士朗



彦四郎の音調テープ(踊る曲のテープ)を猪七がわざと間違えた。

彦四郎は女形の衣装を着ていたが、曲はどう考えても男振り付けの内容の曲だった。

とっさに彦四郎は即興で踊りを変えて踊って事なきを得た。

……どうもこの間から猪七の様子がおかしい。



浅草、馬(うま)劇場。

劇団宝竜の夜公演。

『縁は異なもの味なもの』の演目。

公演が終わった。

若虎一座のライバル、劇団宝竜の座長、室田乳安(むろたちちやす)の美人妻、かなでの姿が劇場入り口にあった。

お客さんの送り出しである。

室田かなでは紫のラメの入った上物の着物を着て、かつらも派手な洋髪で銀のかんざしが光輝いていて、とても艶やかで美しい。

劇団宝竜はきらびやかで派手な舞踊ショーが有名で、それを目当てに来る客も数多くいる。

お客さんたちで馬劇場周辺はごった返している。

元恋人のかなでを見つけて、劇団宝竜の芝居を偵察に来ていた彦四郎は少し照れながらおどけて声を掛ける。


「よう、かなで」

「……?」

「久しぶりだな。分からないか?俺だよ。彦四郎よ。『ぬしゃあ俺の顔を見忘れたかい?』なんてな」

「!!……ひこ、彦四郎!!」


突然、室田かなでが衆人環視の中若旦那、彦四郎にキスをした。

それは激しいキスだった。

失われた幾年を取り戻すかのように。


「何をするんだ、かなで」

「おんなごころ……分かっておくれよう」


当の亭主、室田乳安はその現場を見ておらず、上得意のお客の女と立ち入った話をしていた。

舞踊ショーでのおひねりと献上する着物・反物の催促の話だ。

もし二人のキスを乳安が目撃していたら、ただでさえ嫉妬深い乳安の事だ。きっととんでもない事になっていただろう……。

再び出会ってしまった彦四郎とかなで。

まさに、『縁は異なもの、味なもの』である。



その後、乳安の目を盗んでデートする二人。


電気ブラァンを飲みたかったが時間も早いので神下バーには寄らず、浅草六区にある洋食屋ヨシカムに行き、『美味くてすんまそん』の惹句で知られる紙カツレツを頬張る彦四郎と室田かなで。

紙のように薄く揚げられた豚ヒレ肉がデミグラスソースと絡まり絶品だ。

歯応えがある。

彦四郎を見つめるかなでの瞳はまるで少女のように輝いている。

ワインを注文した。

黒玉ポウトワインをグラスで。

次第にムードも高まってきた。

彦四郎は、かなでのその白くて細い首すじを見つめていた。

室田かなではロリータフェイスである。バランスを崩した西欧の少女のように、大人のカラダにこどもの顔が乗っかっている。

化粧は薄いのだが、天然のアイシャドウが入っているかのようだ。

それが舞台化粧を加えると更に美しく映える。


彦四郎とかなではお互いに、失った時間を取り戻すかのように語らった。


夜となる。

そこから先は、男と女の世界だ。



           つづく


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