第9話 珍しく二人

 車の音が近づいてくる。


「帰ってきたわね」


 立ち上がり、杖をついて玄関に向かえば、


「ただいま!」


 玄関の三つの鍵を即行で解除した小鳥が、キラキラと輝く笑顔で立っていた。


「おかえりなさい。無事でなにより」


「ねえねえ、聖。今日はねースペシャルだよ!」


 無駄にテンションが高い。


 可愛いからいいのだけれど。


 彼女は私の手を引いて車のドアを開けた。


 そこにいたのは、


「げっ」


「およ? 聖のそんな声初めて聞いたよー」


 変な声が出るのは仕方ない。


 凄く驚いたんだもの。


「小鳥」


「なぁに」


「この二人、誰だか知ってるの」


「知らなーい」


 即答だった。


「あぁ……」


 頭を抱えるしかない。


「えっ、なになに」


 様子がおかしい私になにかを感じたのか、慌てる小鳥。


 今更慌てても遅いのよ。


 心の中で呟き、深呼吸。


 現実を受けとめなければ。


「あのね、この二人。超人気アイドルなのよ」


「へー」


「へーってね……超有名人なのよ」


「ほーん」


 呑気すぎる。


 この二人のことを小鳥が知らないのは仕方がない。


 パソコンは殺した人間の写真を取り込むことにしか使わないし、SNSはアカウントあるけどほとんど見ない、テレビだって観ない。


 だから、この二人が人気アイドルユニット『MiLKY WaYミルキーウェイ』だと知らないのだ。


「狩ってきてしまったものは仕方ないわね……どこで攫ってきたの」


「えっとね、なんか二人で海眺めてた」


 どういう経緯で彼女たちが海辺にいたのかは知らない。


「周りは誰にもいなかったのよね」


「うん、いつも通り!」


 小鳥の言葉を信じるしかない。


 私はその場にいなかったんだもの。


「あっ、そうだ!」


 閃いた! と顔に書いてある。


「どうしたの」


「この二人使ってエンバーミングの練習しようよ」


 キラキラした顔で言うことかね。


 この間は泣いていたくせに。


 いい実験体を見つけたことの興奮が上回っているのか、悲しみを隠しているのか。


 多分後者なんでしょうね。


 小鳥は寂しがり屋だから。


「そうね」


 彼女の頭を撫でると、悲しそうに笑った。


 やっぱり。


 私の勘は正解。


 以降、私たちは遺体を使ってエンバーミングの練習を重ねていくのだった。


 後日、二人が所属する事務所のタレントが殺されたこと。二人が行方不明であることが報道される。


 このニュースは流石に小鳥に見せた。


「へー」


 という呑気な返事しか帰って来なかったわ。

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