第3幕 再始動

第7話 もしもの時の為に

 刑事が現れてから約2カ月。


「小鳥」


「んー?」


 狩りに出られずソファに寝っ転がってゴロゴロしていた彼女に声をかけた。


「ついてきて」


「ほーい」


 素早くカラダを起こし、私の右腕に腕を絡ませてくる。


 疑問を挟まない。


 本当に素直で可愛い子。


 杖をつきながら自室に向かい、鍵を開ける。


「なになにーなにするのぉ」


 趣味であり仕事である狩りを奪われて退屈していた小鳥は、楽しそうに騒いでいる。


 今から教えることは、楽しいことでもなんでもないのだけれど。


「すぐにわかるわ。手伝って」


「はーい」


 二人でデスクをどけて、カーペットをめくる。


 現れた地下への隠し扉の鍵を開け、扉を引っ張り上げる。


 小鳥が先に降りていく。


 続いて私も数段降り、扉を閉める。


「で、なにすんのー」


「これよ」


 棚の反対側の壁の隅。


 ブルーシートをめくると、


「わっ、すごーい!」


 並べられたチューブや薬品を見て目を輝かせる小鳥。


 ウキウキしちゃって。


 可愛いんだから。


 でも、ごめんなさい。


 これは楽しいことに使うものじゃないの。


「これ、なにに使うの?」


 漸く使用用途を尋ねて来た。


 深呼吸し、真っすぐ彼女の目を見つめる。


「『エンバーミング』って知ってる?」


「……うん」


 一瞬にして表情が曇る。


 流石元医学生。


 知っていたのね。


「やり方は?」


「詳しくは知らない」


 声のトーンを落として答えた小鳥は、多分察している。


「これ、聖に使うってことだよね」


「そうよ。だって貴女」


 私たちは約束をしている。


 小鳥は、いつか私を殺す、と。


「私を殺せないでしょう」


「……」


 私が彼女に深い愛情を抱いているのと同様に、彼女も私を愛してくれている。


 あの約束はここまで関係が深くなる前に決めたことだから。


「もし私が突然死したとしても、貴女は私をすぐに解体できない」


 わかっている。


 濃い時間を共に過ごしてきたんだもの。


 寂しがり屋な貴女は、私が死んだ事実を受け入れられず、腐っていく死体と共に過ごすはず。


 そんな可哀想な目には合わせない。


 死ぬのは避けられないから、せめてもの慰め。


「……そうだね」


 小さく呟いた小鳥は俯いていた。


「だから、貴女にエンバーミングの方法を教えるわ。そんなに長くは維持できないけれど、1カ月くらいは維持できる」


「そのあいだ、聖の傍にいられるってこと?」


「そう」


 顔を上げた彼女は目に涙を浮かべていた。


「死んでも一緒にいるわ」


「うん」


 コクリと頷いた小鳥の声は潤んでいるような気がした。


 本当にごめんなさい。


 貴女を悲しませてしまって。


「狩りを再開したら、遺体を使って練習しましょう」


「わかった」


 即答した彼女に歩み寄りそっと抱き寄せる。


 私の服が涙で濡れていることについては触れず、強く抱き締めた。

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