第3話 幼稚な考え?

「ねぇねぇ、聖」


「なに」


 庭で小説を読んでいた私に、小鳥が駆け寄って来た。


「相談があります!」


「どうしたの」


 本をテーブルに置き、彼女の方にカラダを向ける。


 今いいところだったのだけれど……って、真剣な表情をしているじゃない。


 なにかしら。


「今まで週二で狩りしてたでしょ」


「そうね」


「週四に増やさない?」


「はい?」


 突然なにを言い出すのかと思ったら。


 狩りの頻度を増やすですって?


「リスクが増えるだけじゃない」


 小鳥はテレビは観ないしSNSもほとんどチェックしないから知らないのだろうけど、行方不明者が続出してるってニュースになっているのよ。


 止めるつもりはないけれど。


 私が大切なのは小鳥。


 彼女がやりたいと言い続ける限り、止めない。


「それはそうなんだけど……」


 言いよどんだそのとき、シロが足元に現れた。


 養父母の親の前の前の前の前の、って言い出したらきりがないくらい長生きしている猫のシロ。


 ただの猫がそんなに長生きするわけがないから、絶対シロは神様とか幽霊とか、そういう存在なのだと思う。


 シロを抱きかかえながら、


「場所は変えているけれど、警察の警戒が増すだけだわ」


 キッパリと言う。


 狩りの場所は毎回変えている。


 関東圏でころころと。


 例えば月曜日に東京で狩りをしたら、その週はもう東京では狩りをしない。


「どうしてそう思ったの」


 優しい口調で尋ねれば、


「だって……どんどん聖の体調、どんどん悪くなってるんだもん」


 シュンと肩を落として答えた。


「あぁ、そういうこと」


 私にだけわかる言葉の意味。


 小鳥は、人を殺せば殺すほど、私へ命が還元されていると考えているのだ。


 要するに、心臓を食べさせれば長生きできると思っている。


 彼女の思考が狂ったのは、私が病に侵されてから。


 病院に行けば治るかもしれない。


 でも、病院へ行くつもりはないわ。


 狩り以外で小鳥の傍を離れたくないもの。


「小鳥」


 俯いていた顔を上げた。


 泣きそうな顔をしている。


 今すぐ死ぬってわけじゃないのにね。


 本当に可愛い子。


「鎮痛剤も薬も飲んでいるから大丈夫よ」


 闇ルートで入手したお薬。


 大丈夫。


 怪しい物じゃないのは実験済み。


「けど、毎日体力が落ちてるじゃん。命が削られてるじゃん」


 声が震えていた彼女の頬を涙が伝った。


 シロの背を撫でながら、彼女に微笑む。


「わかったわ」


 貴女が泣いている姿は見たくない。


 それほどまでに私のことを想ってくれているのなら、尊重すべきでしょ。


「週四に増やしましょう」


 私の言葉に彼女は泣きながら、


「ありがとう!」


 向日葵みたいに明るく笑った。


「お礼を言うのは私の方よ」


 シロが私の膝から飛び降りどこかへ駆けていく。


 その姿を眺めていると、再び小鳥が口を開いた。


「これからは心臓、聖が食べてね!」


「え?」


 キョトンとした顔をしていると思う。


 だって、


「いいの? 大好きでしょ、心臓」


「いいの」


 即答。


「でも――」


 言葉を続けようとしたのに、小鳥はシロが駆けていった方へ行ってしまった。


「元医学生のくせにね」


 子どものように、元気に走る小鳥。


 可愛いわ。


 考え方も、行動も。


「心臓を食べたからって長生きできるわけないのに。お馬鹿さん」


 呆れながらも愛おしい、と思ってしまう。


 同時に、


「あと何回、小鳥と同じ景色を見られるんでしょうね」


 呟いた言葉は誰にも聞かれることなく風にさらわれた。

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