11. 裏目

 心は自分の耳を疑った。告白された気がするが、気のせいだろう。


「その冗談、面白くないんだけど」


「冗談じゃない。お前が俺の女になるというなら、帰還玉を使ってやる」


「いや、状況はわかってる? そんなことしている場合じゃないでしょ」


「そ、そうっすよ、ノリ君。そういうのは、帰ってからでも」


「猿吉は黙ってろ。さぁ、どうするんだ?」


「こんな時に、そんなことをいうやつと付き合うわけないでしょ。馬鹿なんじゃないの? っていうか、阿久夜さんはいいの?」


「それがノリ君の幸せなら」


 心は、馬鹿しかいない現状に眩暈がしてきた。


「お前が断り続ける限り、俺はこいつを使わない」


「あんたねぇ」


 そのとき、心は気配を感じて振り返る。茂みを覗き込むように仏像が現れた。


「ぎゃっ」と猿吉が悲鳴を上げて逃げ出す。心は剣を抜き、玄武も大剣を抜いた。


 玄武と連携しようと思ったが、玄武は「いざ参る」と柄を握りしめた。


「ちょっ、まっ」


 しかし玄武は止まらなかった。仏像に飛び掛かると突然現れた手に弾かれて、木に激突した。


「ぎゃぁっ!」


 猿吉の悲鳴が大きくなる。さらに、「ノリ君っ!」と阿久夜が叫ぶ声。目を向けると、紀夫が帰還玉を地面に投げつけていた。魔方陣が現れ、光に包まれる。が、金色の手にぶん殴られて、紀夫も木にぶつかる。


「い、いだいぃぃ」


 紀夫は右肩を抑える。右手があらぬ方向に曲がっていた。


「他に帰還玉はある?」と心。その顔には焦りの色がある。


「ない」と阿久夜は青い顔で答えた。「ノリ君は一つしか持ってないはず」


 心は舌打ちする。茂みを分ける音。仏像が直立不動のままやってくる。


「うおおおお!」と玄武が斬りかかるが、やはり突然現れた手によってぶん殴られて地面を転がる。


(仕方ない)


 心はポケットから帰還玉を取り出し、阿久夜に握らせた。


「これを使って、あの馬鹿と猿吉、玄武さんを連れて、逃げて」


「心ちゃんは?」


「あいつの気を引く」


「でも」


「いいから。それとも死にたいの? 私なら大丈夫だから。むしろ、あんたらがいると邪魔。わかった?」


 阿久夜は頷き、駆け出す。心は、阿久夜に対する視線を遮るように仏像の前に立った。


「さぁ、あんたの敵は私よ」


 左手に握った『灼熱剣』が炎をまとい、右手の『霊水剣』が水をまとう。確かにレベル差はあるものの、脅威に感じるほどの差ではない。佐助にカッコいいと言われたくて極めた二刀流で、まずは阿久屋たちを逃がす。


(やつの攻撃パターンはだいたいわかった)


 仏像が攻撃するとき、円形の空間のひずみのようなものが生まれる。そこから金色の拳が出てきて、殴りかかってくる。


 心は灼熱剣を振って『炎魔剣法――炎刃えんじん』を放つ。炎をまとった斬撃は仏像にぶつかり、仏像の体が後退する。しかし、目立った外傷はない。


(なるほど。耐久はありそうね)


 心は視界の左端で空間のひずみが生まれていることに気づく。瞬間。金色の拳が心を狙う。心はバックステップで避ける。さらに右端にひずみ。飛び出た金色の拳を霊水剣で弾く。すると、目の前に多くの円形のひずみが現れた。モグラ叩きみたいでどこから拳が襲ってくるかわからない。


 心は後ろに下がりながら、視線を走らせる。阿久夜が紀夫を支え、魔方陣の上に立っていた。玄武は猿吉が支えている。その背後にひずみ。心は霊水剣を振り、『水魔剣法――水刃すいじん』を放った。水をまとった斬撃が仏像にぶつかり、仏像がぐらつく。その隙に、4人は光の中に消えた。


(ちゃんと逃げれたみたいね。なら、私も撤退しよう)


 ひずみから2つの拳が心を狙うも、それらをかわし、心は左右の剣を振って、『炎魔剣法――炎刃』と『水魔剣法――水刃』を放った。2つの斬撃は仏像の前でぶつかって、水蒸気の幕になる。佐助風に言うなら目くらましの術。心はその隙に逃げ出そうとした。が、左の太もも付近に空間のひずみ。心が守るより先に、金色の足が心を襲った。左足に激痛。心は歯を食いしばって、右足だけで『闇魔あんま剣法――縮地』を発動する。剣法ではあるが、他のジョブでも使える汎用的な高速移動法の一つ。心は脱兎の如き勢いでその場から離れた。


 ――仏像の姿が見えなくなり、心は木に寄りかかって、左足の状態を確認する。折れてはいないと思うが、うまく力が入らない。回復に時間が掛かりそうだ。回復ポーションを飲んでその場に座る。心は左足をさすりながら、後悔した。


(……一緒に逃げた方が良かったかも)


 帰還玉を使った場合、転送の魔法が発動するまでにタイムラグがある。紀夫の時のようにそこを狙われたらマズいので、自分だけ残る判断をしたが、やりようによっては、全員で逃げることができたかもしれない。


(駄目ね。最近、やることなすこと裏目に出てばかりだわ)


 じわっと涙がにじむも、頭を振って、迷いを払う。嘆いている場合じゃない。今はこの階から脱出することを考えなければ。幸いなことに、佐助から貰った情報には逃走ルートなどもあったから、それを使えば、ここから脱出できるだろう。


(っていうか、佐助にお願いすれば)


 と考えて、心はすぐに否定する。佐助を助けるのが自分の役割で、佐助に助けてもらうのは何か違う。だから、この場も自分の力で切り抜ける。そんな風に考えて、心はため息をもらす。


(……こんなときくらい素直になればいいのに)


 そのとき、スマホの震えを感知した。取り出して確認する。電話の通知。相手の名前を見て、心は目を見開く。


 連絡してきたのは、佐助だった。

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