10. B19階
「心ちゃん、考え事?」
阿久夜に話しかけられ、心は我に返る。
「あ、ごめん。何?」
「いや、大丈夫かなと思って」
「あ、うん。大丈夫。ありがとう」
「昨日、ちゃんと寝てないんじゃないの?」
紀夫に茶化され、心は乾いた笑みを返し、辺りを見回す。ダンジョンのB1階にいた。お洒落な洋風の街に見えるが、ダンジョンであることに違いはない。さらに白を基調とした剣士のコートと2本の剣も装備し、いつでも戦える状態になっていた。
(集中しなきゃ)
心は両頬を叩いて、気合を入れ直した。が、すぐに佐助との仲直りの方法について考えてしまう。佐助との関係を修復すること自体はそれほど難しいことじゃない。しかし、ダンジョンを恋人と呼び始めた佐助の気を引くためには、ただ仲直りしただけでは駄目だと思う。だから、自分に依存しちゃうような劇的な方法が無いか探ってしまう。
「あ、玄武さんだ!」
紀夫の声で心は顔を上げる。前方にサングラスをかけ、大剣を背負った厳つい男が立っていた。
「誰?」
「玄武さんです。今日から私たちの撮影に参加してくれる」と阿久夜。
「ああ、そういえば、そんな人がいたな。ってか、今日って何の撮影をするの?」
「B19階での探索っすよ」と猿吉が答えた。
「は? B19階? 私たちだけで行くの?」
B19階と言えば、現在、積極的に探索が行われている階層だ。ある程度のことがわかっているとはいえ、まだ出口が見つかっていないし、未知な部分も多く、遊び感覚で行くような場所ではない。
「この間の会議でそう決まっただろ。心だって賛成したじゃん」と紀夫。
心は言い返すことができなかった。佐助のことを考えていて、ちゃんと聞いていなかったなんて言えるわけが無い。
「でも、本当に大丈夫なの? モンスターのレベルも高いって聞くし」
「問題ない。玄武さんがいるし」
「ふん。俺に任せろ」
玄武は自信満々な様子で顎髭を撫でた。
「玄武さんのレベルは?」
「42」
心は眉を顰める。心のレベルは46だ。佐助の代わりが、自分よりもレベルが低く、また、自分と同じジョブの剣士とかありえない。役割が被ってしまう。
「……佐助にお願いした方が良いんじゃない?」
「は? 何で辞めたやつの名前が出てくるわけ? 大丈夫。玄武さんは優秀だよ。それに玄武さんがいたから、B19階への転送許可が下りたんだ。まぁ、危険だったらすぐに帰って来ればいいさ」
「安心しろ。俺は桜花四天王の一人だ」
玄武はどや顔で語る。桜花四天王は、日本の冒険者を取りまとめている団体『桜花ギルド』の幹部のことで、ダンジョン内ではそれなりの権力と実績がある。しかし心は、佐助が「桜花四天王なんて肩書だけの雑魚」と言っていたから不安だった。実際、自分よりもレベルが低いし。
(私の方でも対応できるようにしておくか)
心はスマホを開いて、佐助から貰った地図を確認する。突き放した後、佐助から各階に関する情報が送られてきた。その中にB19階に関する情報もある。
(そんなに不安なら、ついてくればいいのに)
心は不満そうにしながらも、地図を見て、罠の位置などを頭に入れる。そのとき、通知が来た。佐助が今日、配信を行うつもりらしい。心は撮影をすぐに終わらせることにした。
そして、B1階にある転送局からB19階へ向かう。心、紀夫、阿久夜、猿吉、玄武の5人が転送の魔法陣に乗ると、転送の魔法が発動し、B19階の転送ポイントに転送された。転送の魔方陣は役目を終えて、すぅと消える。魔力チャージの関係から6時間立たないと魔方陣は復活しない。
B19階のフィールドは『森』で、青空が広がっていた。佐助の情報によると、モンスターのレベル帯は40~60。玄武と力を合わせたとしても勝てるか微妙なラインだ。
「さて、それじゃあ、早速撮影でも始めますか!」
紀夫に言われ、心は準備を始める。が、気配を感じ、茂みへ皆を誘導した。
「どうしたんだ?」と紀夫。
「来る」
「何が?」
「いいから早く」
心が率先して隠れ、他の4人も心の後ろに隠れる。『仏像』としか表現しようのないモンスターが現れた。直立不動の姿で、金色の光を放ちながら浮遊している。心は息を呑んで気配を消した。体感的なレベルだと50くらい。初めて見るタイプのモンスターだったから、戦闘方法もすぐには思いつかなかった。
仏像が過ぎ去り、心は安どの息を漏らす。戦えない相手ではなさそうだが、戦うべき相手でもない。振り返ると、猿吉が青い顔で震えていた。
「どうしたの?」
「あ、いや、今のモンスターのレベルを計ったんすけど、その、レベルが54だったんっす」
猿吉がスマホの画面を見せる。確かに、『レベル:54』と表示されていた。紀夫たちがざわつく。玄武もその頬に冷や汗が浮かんでいた。レベル差が理解できない馬鹿ではないらしい。だから、心は提案する。
「やっぱり、ここは危険よ。いったん、帰ろう」
「そうっすね。ノリ君。帰還玉があるっすよね?」
「ああ、持ってるよ」
紀夫はポケットからビー玉めいたアイテムを取り出す。宇宙を閉じ込めたような宝石は、間違いなく帰還玉だった。これは魔陣石と呼ばれる魔方陣を封じた宝石の一種で、割ることで封じられていた魔方陣を発動することができる。
「よし。それじゃあそれで――」
「なぁ、心。これを使って帰りたいよな?」
「ん? 当たり前じゃない」
「そうか。ならさ、1つ俺のお願いを聞いてくれないか?」
「お願い? 何?」
「……俺の女になれ」
紀夫は不敵な笑みを浮かべて言った。
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