7. 理由

 紀夫から佐助が辞める趣旨の話を聞いたとき、心は、佐助が自分に相談もなく辞めるとは思えないから、紀夫が悪質な嘘をついていると思い、逆に紀夫をクビしようかと思った。


(あ、でも、その可能性はあるか)


 最近、佐助の自分に対する態度が雑に感じることが増えた。だから、何かしらの考えがあるんだとは思うが、後で自分に報告すれば何とかなると思っているのかもしれない。


(ほんと、仕方がないな)


 佐助からの信頼を感じ、幸福感に包まれるも、待てよと思い直す。


(これはチャンスかもしれない)


 佐助が生きていく上で、自分という存在がどれほど重要かをわからせるチャンス。大学に入ってから、佐助の中での優先度が、自分よりもダンジョンに移っているのをひしひしと感じていた。地元にいた頃から庭にダンジョンめいたアトラクションを作るほどのダンジョンオタクだったが、ダンジョンを経験してからの入れ込みようは想像以上で、このままでは、ダンジョンを恋人と呼び、ダンジョンと結婚しかねない。だから、ダンジョン配信を一緒にするなどして、佐助の自分に対する意識を高めてきたのだが、まだダンジョンに対する意識の方が勝っている気がした。


(この辺で、1回、突き放してみようかな)


 佐助の生活はダンジョンが全てではない。大学だってあるし、日々の家事だってある。つまり、自分の重要性を実感する機会はたくさんあるわけで、それらの機会を通し、自分に対する接し方などについて見つめ直してほしいと思う。


(心苦しいけど、これも佐助のためだから)


 心は、心を鬼にして佐助に接することにした。


 そして部屋で佐助に冷たく当たり、家事をしないのはもちろんのこと、メッセージも無視した。佐助がいない大学の講義室を見て、ほくそ笑む。


(これで私の大切さがわかったかしら?)


 しかし次の瞬間には、佐助のことが心配になる。


(でも、これで単位を落としたらどうしよう。それに、ご飯を作っていなかったけど、腹が減りすぎて死んじゃうかも)


 気が気ではない状態で講義を受けていたが、佐助からのメッセージで胸を撫でおろす。


(ちゃんと起きれたのね)


 そして、機嫌よく無視する。佐助にわからせるためにはもっと時間が必要だ。


(仕方ない。帰ったら、様子を見に行ってやるか)


 帰宅すると、壁に耳を当て、隣室の様子を確認する。佐助は……いない。いろいろ確かめるなら、今がチャンス。合鍵を使って、佐助の部屋に入る。部屋に佐助の姿は無いし、ご飯を食べた形跡もない。


(……ダンジョンだな)


 連絡用に使っているホワイトボードを見る。ダンジョンのところに、マグネットがつけてあったので、目を怒らせる。


「この状況でダンジョン行く? マジで信じられないんだけど!」


 絶対にわからせてやると思ったし、その日の夜に謝罪に来たが、追い返した。


 そして次の日。佐助が1限目の講義に現れなかった。


(ほんと、私がいないと起きれないんだから)


 2限目も欠席。メッセージも来ていないので、不安になる。


(まだ起きていないの?)


 2限目の終了と同時に大学を出て、佐助の部屋を訪れる。扉を開け、嫌な予感がした。靴が無い。ベッドに姿はなく、ホワイトボードのダンジョンのところにマグネットがついていた。


「は? 大学をサボってまで、ダンジョンに行ってるの? 留年するつもり!?」


 そのとき、テーブルの上にある紙に気づいた。メモが書いてあり、佐助が自分のチャンネルを作ろうとしていることに気づく。


(もしかして、これをやりたいから私とのチャンネルを辞めたの?)


 それは……実に面白くない話だ。1人でダンジョン配信を始めるようになったら、ますますダンジョンに気持ちが傾いてしまう。しかし、同時にチャンスだとも思う。ダンジョン配信を始めれば、その難しさを実感し、自分の必要性をより理解することになるだろう。配信スキルのない佐助が、1人でダンジョン配信できるとは思えない。


(『サスケRTAチャンネル』ねぇ)


 心は検索し、すぐに見つける。チャンネルのヘッダーや説明文が適当で、センスを感じない。これなら、すぐに自分に泣きついてくるだろう。


(配信予定は無いみたいね。昨日、準備に時間を使い、今、部屋にいないとなると、最初の配信は、今日の14:00~18:00くらいかな。まぁ、見るつもりはないけど。まだ講義あるし)


 と言いつつ、心はそわそわし始め、予想通り14:00から配信が始まり、大学のカフェでにやつく。視聴者数は0人。その数字でさらににやつく。皆で配信していた時は、孤独を共有できたが、今は1人。佐助の寂しそうな顔を思い浮かべ――可愛そうになってきた。


(駄目よ、心。ここで甘やかしたら、佐助がダンジョンと結婚しちゃう)


 しかし手は勝手に動き、クリックした。

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