第14話 聞く相手を間違えた?
前回、コラム氏が8月は戦争関連の記事が多いと書いていると申しました。今回取り上げる記事もその一つなのでしょう。
今回取り上げるのは、高名な国文学者に、平和に関してインタビューした、某大手全国新聞掲載の記事です。「解説」欄に掲載されていました。
結論から先に言いますと、いくら高名な学者だとしても、インタビューするテーマが専門外だと、その答えが頓珍漢なものになりかねない、ということです。
まず、記事の趣旨が次のように書かれています。(私が要約)
今夏は令和に改元して5回目の夏だが、コロナ、ウクライナ、安倍氏狙撃事件などが続き、平和の大切さが改めて浮き彫りになった。「令和」が意味する「麗しき和」を築くにはどうしたらいいのか。令和の考案者とされる国文学者N氏(記事では実名)に聞いた。
記事は、問答形式になっています。質問者は担当記者、回答者はN氏です。主要な点を以下に記します。カギかっこ内以外は、私による要約です。傍点は私が付けました。
Q:令和はどのような時代になったか?
コロナ対策により、人間関係が断たれ、対話がなくなった。古代から、対話は人類の知を支えてきた。対話を否定すると一方的になり、個人が圧迫される。
「このことが悪い意味で利用されている。世界各地に広がる軍国主義です。武力で何かを解決しようとすることは一番簡単だけれど、精神性においては最悪の状態です。ウクライナの問題もそうです。」
第二次大戦後、せっかく人類が対話を復活させ、良い道を歩んできたのに、コロナで歴史が逆行した。
Q:Nさんも戦争を体験した。
戦争は悲惨だ。空襲を受けたり、動員されていた工場で、機銃掃射を受けたことがある。
Q:国内でも、安倍氏狙撃事件や、岸田首相襲撃事件が起きた。こうしたことをなくすには、警備体制の充実のほか、何が必要か?
「一人一人のモラル、倫理観が問われていると思います。歴史を振り返ると、人々はどの時代も力に頼って生きてきました。」
聖徳太子は十七条の憲法を制定した。法を力ととらえ、王のもとで人々はコントロールされた。鎌倉時代以降は、武士や軍人が権力を握り、1945年(世界大戦終結の年)まで武力の時代が続いた。
戦後は民主主義の時代となった。法はあるが、主権は国民にある。
「我々は
Q:個人がモラルを持てば、戦争も止められるのか?
「殺してはいけない。だから戦争はあり得ない。モラルがあれば、簡単なことなんですよ。ところが人間は戦争を起こしてしまう。」
原因は、自分たちの取り分を多くしたいという欲望だ。戦争が起こると、リベンジの感情が生まれる。
「戦争をなくすには欲望を捨て、復讐という悪い循環を断ち切ることが必要です。」
Q:万葉の時代から学べることはあるか?
「古代にも戦争はありましたが、現代のようにリベンジの感情にとらわれてはいない。」
万葉の時代は、日本が新しく中国から学んだ友情という愛に目覚めた時代だ。令和の出典となったのは「梅花の宴」だが、「友愛」はこの時から日本で発生した。
友愛は、国同士の関係にも当てはまる。友愛は、それぞれの国のモラルが前提にないと成り立たない。
「ウクライナ侵略にしても、民族意識の強いロシアが近代社会の国家性をまだ理解できていない表われでしょう。侵略を始めたロシアがやめなくてはいけません。」
皆さんはどう感じられたでしょうか?
N氏の論を端的に言えば、次のようになると思います。
《人々がモラルを持ち、欲望や復讐心を捨てれば戦争をなくすことは出来る。ウクライナについては、ロシアが侵略を止めるべきだ》
私は、上記の論は、中学生だったら、「良くできました」となると思います。換言すれば、中学生レベルだということです。
N氏の論を聞いていると、工場や運送業の安全対策を連想します。
事故が起きるとすぐに「安全意識の再徹底」と称して、訓示やら安全呼称やらをさせたがるのですが、そのような精神論だけに頼っていては、いつまでたっても事故は減りません。
事故発生の要因を把握・分析するとともに、管理体制や仕事のやり方の見直しといった、ハード、ソフト両面にわたる対策を講じる必要があります。
それと同じで、「一人一人がモラルを持ちましょう」では、戦争を抑止することは、未来永劫実現しないでしょう。
このような論を、私は「呑気な精神論」と呼びたいと思います。
この記事は、尋ねる相手を間違えたと思います。
いくら高名な学者でも、専門外のことについては、素人と大差なくても不思議ではありません。
日本の古典文学専攻の学者に、ウクライナ侵略を初めとする現代の戦争について見解を尋ねるのは、酷というものでしょう。
しかし、担当記者はまったくそんなことは感じていないようです。担当記者の一人は、次のように書いています。
「(前略)厳しい国際情勢の中、政府は防衛力の強化を進めている。Nさんはモラルと友愛について、『積み重ねが国内外の平和につながる』と指摘した。日常生活でどれだけ実践できているだろうかと考え込んだ。こうした精神を大切にし、令和本来の意味にふさわしい社会にしていきたい。」
「令和本来の意味にふさわしい社会にしていきたい」とは、ずいぶん大きく出たものです。
ぜひ、お手並みを拝見したいです。
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