第11話 新聞よ、お前も「~となる」か!

 言葉は生き物なので、新しい言い回しが生まれて、あるものはすぐ消え、あるものは相当長く続き、一部はずっと定着します。


 以前、「語尾上げ言葉」というものが流行りました。これは話し方なので、文章表現とは少し違いますが。

 例えば、


「僕の好きな女優は、一番が波留↗、次が浜辺美波↗、……。」


 上記の「↗」の部分で、語尾を上げるのです。別に、疑問形で相手に尋ねているわけではありません。何か、相手に同意を求めるようなニュアンスを感じます。


 私は、言葉については、どちらかというと保守主義者なので、語尾上げ言葉にはずいぶん違和感を感じたものです。

 しかし、最近ではほとんど聞かれません。廃れたようです。


 最近、といってもだいぶ前からですが、気になっているのが、「~になる」「~になります」の「乱用」です。


 例えば、住宅展示場のモデルハウスを見学しに来た夫婦を、営業担当者が案内しているとします。


「こちらが、リビングルーム。」


 なぜ端的に、「こちらが、リビングルームです」、あるいは「こちらが、リビングルームでございます」と言わないのでしょう?


 別に間違いではありませんが、私は気になります。しかし巷には、この「~になる」「~になります」が溢れている状況です。


 その究極的なものを、自分の耳で聞いたことがあります。

 会社に勤めていたころのことです。

 すぐ近くにいた若い社員が、外線からかかってきた電話を取りました。開口一番、

「私になります。」

と答えました。


 電話をじかに聞いたいたわけではありませんが、前後関係から考えて、次のような問答だったと思います。


 電話を掛けてきた人:「〇〇ですが、△△さん、おられますか?」

 社員:「私


 「はい、私です」、「はい、私でございます」などと答えるのが普通ではないでしょうか? 


 この、「~になる」を国語辞典で調べたら、ありました!

 見出し語「なる」の語義の最後の方に、「動かしがたい関係のあるものとして、ある状態にあてはまる。」とあり、用例として、「必ず罰を受けることになる」などとあります(『新明解国語辞典 第八版』)。そして、その後に、


「〔レストランなど接客の現場での俗用〕こちらがご注文の品」(傍点は引用者、以下同じ)


 上記国語辞典は、そういう用法も採録しているわけですが、あくまで「俗用」としています。

 もちろん、いつの日か「俗用」ではなく、正式な用法に格上げされる可能性はあります。


 ずいぶんと前置きが長くなって恐縮です。

 私が憂いているのは、最近、簡潔・明快な文章を旨とすべき新聞記事でも、「~になる」が散見されることです。


 最近の例をいくつか挙げてみます。


《広島で開催予定のG7による会議に関する記事。会議のテーマは生成AIなど》

「先進7か国(G7)が掲げる『責任あるAI』に向けて議論をリードしたい考えだが、AIそのものへの規制を同時並行で進めることが不可欠。」


 私は、「不可欠だ。」でいいと思うのですが。


 次も同じ記事の中の文です。

「現行の著作権法30条の4は、著作権者の許可がなくてもAIに著作物を学習させることができるとしており、海外に比べて格段に緩い規制。」


 「格段に緩い規制だ。」あるいは、「規制は格段に緩い。」でいいと思います。


《在留資格を持たない外国人の子に対して「特別許可」を出すことに関する記事》

「許可の対象者は、子供の親を含め、数百人規模となる見通しで、異例の対応。」


 「異例の対応だ。」あるいは「異例の対応といえる。」でいいのでは?


 重箱の隅をつつくようだと思われる方もおられるかもしれません。

 しかし、新聞の文章は、巷で生まれては消える「俗用」に惑わされることなく、常に簡潔・明快であってほしいと思います。





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