第10話 下手な三題噺
単に3つの題目を並べただけではだめで、いかにして自然なストーリーにして、しかも面白く作るかが、腕の見せ所です。
本エッセイの第8話で紹介した、某全国紙一面のコラムは、三題噺に似ています。ところが、強引さが目立つことが多々あり、また、論旨不明のものも散見されます。
今回取り上げるのも、その類ではないかと思います。
コラムの筆者(以下、仮にコラム氏と呼びます)はまず、生物学に関する本の記述を引用します。生物学といっても新書本なので、一般向けです。私は未読です。
「植物に寄生するアブラムシのなかには、自分の群れを守る『兵隊』を持つ種がある」そうです。この兵隊アブラムシは、幼虫の段階で兵隊アブラムシに変化していきます。このように、「兵隊という利他的な階級が分化した種は、アブラムシ社会の進化形と考えられている」そうです。
アブラムシが、三題噺の第一噺です。
第二噺は、ガラリと趣を変え、最近自衛隊の人材不足が深刻だとの報道を取り上げています。「最前線で活動する下位の階級の自衛官は定員の7割半ばしかいない」と言います。防衛省の有識者会議が先日まとめた報告書で警鐘を鳴らし、対策を提言したそうです。
さて、第一、第二噺まで出した後は第三噺、というより、この場合は「まとめ」でしょうが、いったいどうまとめているでしょうか? 以下に引用します。
「(兵隊アブラムシを持つ種類のアブラムシを)人間社会に当てはめると、若者の徴兵制を導入している国のように思えなくもない。生物学上は遠い存在とはいえ、身近な昆虫の歩みが気になる。」(カッコ内は引用者=私による補足)
二つの噺の結び付け方はいささか強引で、しかも結局何が言いたいのか、はっきりしません。このコラムによくあるパターンです。
コラム氏は、本当は何が言いたいのでしょう? 一つの推測は、次のようなものです。
自衛隊で、人材不足が深刻だ。アブラムシの中には、兵隊アブラムシを持つ種類がある。そのアブラムシを考えると、いつか日本にも徴兵制が敷かれるかもしれないと感じる。だから、アブラムシの歩み(進化?)が気になる。
この解釈が当たっているかは、コラム氏に尋ねてみないと分かりません。しかし、コラム氏は意図的に本意を隠して、オブラートに包み、煙に巻いているようにも見えます。
「若者の徴兵制を導入している国のように思えなくもない」
「昆虫の歩みが気になる」 (いずれも傍点は筆者)
私は、こうした婉曲な表現は、あまり新聞には馴染まないと思うのですが。
だからどうだというのですか? ハッキリおっしゃって下さい! と言いたくなります。もっとも、初めから大した考えなどないのかもしれませんが。
私は、コラム氏の認識不足と思われる点も、気になります。これは、文章表現の問題から離れた余談ですので、読み飛ばしていただいても結構です。
「兵隊アブラムシ = 利他的 = 兵隊・徴兵制」という図式がコラム氏の頭の中にあるようです。
確かに、兵隊アブラムシは、人間から見ればその行動が「利他的」に見えるかもしれません。しかし、それは利他的というより、種の存続という生物の本質的な存在目的に従って、集団を守っているだけです。
例えば、ミツバチやスズメバチなど組織的な集団生活をおくるハチもそうです。働きバチはすべてメスですが、生殖能力を持ちません。ただひたすら、女王バチが生んだ卵や幼虫の世話に明け暮れ、やがて死んでいきます。これも、種を保存し、生命を繋いでいくという生物の本質からくるものなのです。
もう一つ。コラム氏はどうも、「軍隊=徴兵制」と考えているようです。
しかし、軍隊の要員の確保方法には、大きく分けて志願制と徴兵制があり、それぞれ一長一短があります。
軍隊を持つ国はみな徴兵制を敷いていると思っている人もいますが、そうではありません。例えば、アメリカは制度上はともかく、現在は実質的に志願制だと記憶しています。
それに、憲法改正もままならぬ日本で、近い将来徴兵制が敷かれる可能性は、限りなくゼロに近いでしょう。
ですから、「虫の歩みを気に」しなくてもいいのではないかと、私は思います。
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