第8話 これが新聞の顔? 珍妙コラム

 某紙の一面には毎日、「編〇〇〇」と題したコラムが掲載されています。


 いわば、この新聞の顔のような存在ですが、時々珍妙な文章が載るので、楽しみにしています。


 字数は460字程度と短く、多くは「起・承」→「転」→「結」という構成です。


 「起・承」の部分で、蘊蓄うんちくを垂れることが多いです。誰かの著書からの引用、映画、著名人のエピソード、事件など、様々です。

 私が知らないことも多く、勉強になります。


 しかし、「起・承」が、それに続く「転」「結」とほとんど無関係の場合が結構多いのです。そのためか、「起・承」と「転」「結」を強引に結び付けることもしばしば見られます。


 そうすると、せっかく「起・承」でやった蘊蓄の披瀝が、知識のひけらかしや字数稼ぎのように思えてしまいます。


 最近の例を一つ挙げてみましょう。


 まず、全体の半分くらいの字数を費やして、ある評論家が書いた落語に関する本の一節を紹介しています。

 取り上げているのは「子ほめ」という落語です。振る舞い酒欲しさに近所の新生児をめに行った慌て者が、間違えて昼寝している老人を褒めてしまい、赤っ恥をかくというストーリーの落語です。

 この落語に関してその評論家は、老人を赤ん坊と取り違えるなどということは、映像だったら成り立たず、「見せない」落語だからこそ成り立つのだ、とおっしゃっているそうです。


 ここまでが、評論家の説の紹介で、「起・承」に相当する部分です。


 これに続く「転」では、AIなどの発達で映像の編集が容易になったと同時に、偽動画を使ったフェイクニュースなどへの対応が喫緊の課題になっていると説きます。

 例として、トランプ氏のライバルが女性用スーツを着る偽動画が、米国で出回ったことを紹介しています。

 そういう課題があることは言うまでもありませんが、それと、さっきの落語とどう結びつくのでしょうか?


 それは、最後の「結」に相当する部分で明かされます。以下、引用します。


「何かを見せようとする力の強さに懸念を覚えつつ、抵抗してみたくなった。映像として見せないことが喜びを生む、などという例が落語のほかにないだろうか。」(傍点は引用者)


 いったい何が言いたいのか、私には読み取れません。むしろ、この文章に「そこはかと」ではない、明確な疑問を感じます。


1)「何かを見せようとする力の強さにそこはかとなく懸念を覚えつつ」


 コラムの筆者が懸念を覚えるのは、「何かを見せようとする力の強さ」ではなく、偽動画を作成し、流布させようとする行為なのではありませんか?

 なぜなら、映画や絵画だって、「何かを見せようとする」強い力に支えられて作られるはずだからです。それとも、普通の映画や絵画に対しても、「そこはかとない」懸念を覚えるのでしょうか?


 なお、細かいことですが、このような箇所に「そこはかとなく」を使うでしょうか?

 「そこはかとなく」は、「明確にはとらえられないが、何となくそのような雰囲気が感じ取られる様子」(『新明解国語辞典 第八版』)という意味なので、明らかな誤用とは言えないでしょう。しかし、国語辞典の用例は、次のようなものです。


「そこはかとなく温かみのある作品」(同上)

「梅の香がそこはかとなく漂う」(『広辞苑 第七版』)


 上記1)では、単に「何となく」といえばいいのであって、「そこはかとなく」などと気取る必要はないと思うのですが……。


2)「抵抗してみたくなった。」


 ここが分かりにくいですね。いったい、筆者は何に対して抵抗してみたくなったのでしょうか? 

 「何かを見せようとする」強い力に対してでしょうか? だとしたら、なぜ?

 それとも、フェイクニュースにでしょうか? それなら、新聞人として当たり前のことで、言わずもがなでしょう。


3)「映像として見せないことが喜びを生む、などという例が落語のほかにないだろうか。」


 この一節で、私はきました。

※「噴飯もの」の「噴」です。ちょうど、朝食中でした。


 「映像として見せないことが喜びを生む」ものなら、落語のほかにも、山ほどあります。

 語り物の芸能は、なにも落語だけではありません。落語に近いところでは、ただちに講談、浪曲が思い浮かびます。

 それに、音楽はまさに、「映像として見せないことが喜びを生む」ものではありませんか? 音だけで、人間の感情ばかりか、その場の情景をも表現することができます。


 さて、このコラムはいったい何が言いたかったのでしょうか?

 偽動画など、AIなどを駆使した動画作成悪用への警鐘でしょうか? ならば、無理矢理「子ほめ」の話を絡める必要は、まったくと言っていいほど、ないと思います。


 今後も、この第一面のコラムに期待しています。ただし、口中に飯粒がない時に読むよう気を付けたいと思います。



 

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