第37話「決戦」

 俺たちは転送先の地下に到達した。地下というのでせいぜいたいまつ程度の灯りしか無いのではないかと思っていたが、そこは意に反して明るく、真っ黒で平らな石が全面を覆っていた。部屋は綺麗な四角形にしてあり、魔王がいるにしても生活感の欠片も無いのですこし戸惑う。


 別に魔王が人間のような暮らしをしているとは思わないが、その部屋にいたのは俺たちと、一人? いや、人ではないだろうしそれが適切とは思わないが、それにしても魔族の中でも人のような姿をしており、飾り付のイスに座っているのは少年のようなものが立った一人で座っていた。


 俺たちはジリジリと距離を詰める。すると魔王は見た目に反して老人のような声で俺たちに話しかけてきた。


「愚かなものだ、魔王と本気で戦うなどとはな。しかも貴様らはなんだ? 報告では強力な敵と言っていたではないか、ただの三人、いや、二人と一匹か。魔王城の人材不足も深刻になったものだ、この程度の相手に負けるとはな……」


 マリアは剣を抜き、両手で握りしめていた。魔王のオーラを感じるので、マリアも雑魚を片付けるなら片手で振り回すだけだが、それでは力不足だと悟ったのだろう。


「やかましいですね、魔王が聞いてあきれますね。そんなちびっ子がまおうですか、魔王城の人材不足を心配するより、自分が強くなる方を優先したらどうですか?」


「我はここにいる限り年は取らん。魔族に魔力を与えなければならんのでな、人間のように軽々とは死ねんのだ。まったく、後進を育てやすい人間どもがこればかりは羨ましいものだな」


 そして天使は無言を貫いていた。シールドが張られることもなく、ジリジリと間合いを詰めていった。


 俺は剣を構えて横に移動し、魔王の背後に立った。魔王は一切負けると思っていないらしく、俺が後ろにいることを知った上で無視しやがった。


「小細工の準備は整ったかね? では魔王の力を思い知るがよい!」


 先に斬りかかったのはマリアだった。魔王がその大剣を両手で受け止めたのを見て、俺は背後から斬りかかった。


 これでいけると思った。魔王の両手は塞がっている、ならば俺の斬撃を防ぐ手段はないはずだ。


 そして魔王に切りつけたとき、マリアの剣を受け止めている両手から右手を離し俺の剣を受け止めた。


 このとんでもない威力の剣を二つ同時に防いだのだ、敵はいないと思っていた俺は甘かったようだ。魔族の全てを束ねているだけのことはあり、今までの魔族を軽く屠ってきた攻撃を防ぎきった。


 魔王が詠唱など一切無しに火球を二つ作り、俺たちの方に放った。危険を感じたがそれでも天使が俺とマリアの前に二枚のシールドを張ってくれたおかげでそれが届くことはなかった。


 二人で魔王と一気に距離を取った。小細工は通用しないようだ。


「面倒なものだな……人ではないと思ったが、まさか神の人形だとはな……まあよい、神の所有物であろうと破壊してやろうではないか」


 クソ……天使の正体を見抜かれたか……どうやって戦えばいい? 斬撃は防がれる、魔法は向こうの方が得意だろう。マリアのワンドがあるにせよ、それと同等の威力の火球を装備無しの無詠唱で二つも放ってくるのだ、魔法が通じるとは思えない。


 今度は真っ暗な闇が魔王から広がってきた。部屋を覆っているのは真っ黒な石なのだが、黒とは違う闇そのものが広がるのを見てしまった。


 俺とマリアが並んでいるところへ向けて闇が伸びてきた。しかしそれは天使が放った光で散っていく。


「魔王か……面倒な相手だな」


「今さら逃げるわけにもいかないですよ」


 分かっている、目の前にいるのは魔族のトップだ。それをそう易々と倒せるとは思っていない。しかしマリアの斬撃が防がれたのは想定外だ。


 俺は小声で天使に指示をした。こんなちゃちなトリックでどうにかなるかは分からない、それでも無策よりはマシだ。


「マリア、俺が魔王に攻撃した後で切りつけろ」


「さっきと同じじゃ……」


「いや、天使への指示を変えた。今度は二人ではなく三人での攻撃だ」


 そして俺が初手で博打を打った、魔王に突撃して真上から両断するべく剣を振るう。


「学習しないな、人間」


 俺は魔王が剣を掴もうと手を伸ばしたところで、無理矢理斬撃の方向を変え、地面に剣を突き立てた。


 そしてそのまま剣を持って横に転がる、刹那、俺のいた場所に強力で神聖な光の束が浴びせられた。


「チッ! 貴様は囮か!」


 魔王が俺の事を苦々しく見てから、闇のシールドを張った。天使とは違うが防御性能は高いようで天使の攻撃を防ぎきった。


 そこで魔王がシールドを張るために出した右手を確認して左側から思い切り斬りかかった。今度はブラフではなく全力の斬撃だ。


 もちろんそれは魔王に片手で防がれた。


「無駄だ、我には効かんよ」


 そこで俺は軽く笑った。


「それはどうかな、お前の手は二本、俺たちの数も忘れたのか?」


「な!?」


 こっそり背後に回っていたマリアが、全力を込めて魔王の首に剣を突き立てた。さすがに文字通り手が足りなかった魔王はよろめいた。


「勝ったと思ったか……我の生命力なら剣の一撃など……」


 そこで天使の放った光が魔王の首、つまり剣が突き抜けている先端に向けて向きを変えた。


「なんだと! 我が神の人形ごときに!」


 傷口から神聖な光を流し込まれた魔王はそれに耐えきれず体を崩壊させた。内側から光が溢れ、砕け散った跡で全てが灰になった。魔王の最後は人間を舐めていたことによって案外早く消えることとなった。


「やったあ! やりましたよ! マイナーさん、私たちの勝ちです! いえ、人類の勝利です!」


 大喜びを始めているマリア、魔王が復活能力を備えているのかと警戒したが、その心配は無かったようだ。その証拠に俺たちの装備がぼんやり光り始めた。


「地上への転送を頼む!」


 俺は天使が消える前に地上に送ってもらう用に頼んだ。天使は勝利したことでただでさえうっすら光っていたのが、結構な光量の灯りになっていた。


「承知いたしました。勝利おめでとうございます」


 そして俺とマリアの下に魔方陣が出現して一気に光が俺たちを包んだ。


 気がつくと魔王城の前に俺はマリアと二人で立っていた。天使が最後の力を使ったのか、ただ単に転送してから時間切れになったのかは分からないが、とにかくそこには天使がいなかった。


 マリアの方を見ると目に涙を浮かべ、目があった途端に俺に抱きついてきた。


「やりました……本当に私たちはやり遂げました。父さんと母さんの仇がようやく討てました。私、頑張りましたよねぇ?」


「ああ、大活躍だったぞ。そこを見て見ろ」


 俺は破壊された魔王城の入り口を指さす。俺の服で涙を拭ってからマリアはそちらを見た。


「動物……?」


 そこには結構な数の野生の獣の類いがいた。魔王の魔力によって知恵と力をつけていた魔族は本来の姿に戻ったのだ。これで何もかもが解決したわけではない、しかしまだ魔族として力を持っている残党もいずれ人間に倒されるだろう、魔族でいるために必要な魔力を供給してくれていた魔王はもういない。つまり時間が経てば弱体化して、人間に殺されるか動物に戻るかくらいしかない。


「マイナーさん、ありがどうございまずうう!」


「悲願を達成したのは分かるが涙と鼻水を俺の服で拭うのはやめろ」


 そしてしばしマリアを泣かせた後で、落ち着いたら俺たちは森を出て行った。道中では武器も召喚しなかったが、危険な魔物などもういなかった。


 最後に、俺とマリアがやることが残っている。俺はともかく、マリアはそれをしない限り両親を失った孤児という立場になってしまう。


 それを分かっているのか、俺の後をついて歩いてくる。そうして俺は最後の務めである国王への報告をするべく王都へ向かった。

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