第33話「敵は魔王城にあり!」

 さて、魔王城に近づきつつあるわけだが……


「ワクワクしますね! 魔王をぶち殺すところを考えると至高の極みの喜びを感じます」


「魔王は人間の敵だが、勝つことは前提なんだな……」


 楽しげに森の奥深くに入っているというのに恐ろしさなど微塵も感じていないようで、マリアの足取りは軽そうだった。果たしてそれが武器による効果で俊敏性が上がったのか、ただ単にマリアの気持ちを反映しているのかは分からなかった。


「違いますよ!」


 マリアが突然俺に抗議の声を上げた。その大きさに俺はビクッとしてしまった。その声音にまったく迷いは無く、聞いているだけで何か恐ろしいものを感じた。


「魔王は人類の敵かもしれません、それは認めます。ですが、魔王は『私の』仇敵なんですよ。他の誰でもない、私がトドメを刺さないと気が済まない相手なのです!」


 その信念を語るマリアに俺はどう答えていいのか分からなかった。確かに魔族はマリアの家族を殺した相手だ、しかし直接手を下した魔族はとっくに死んでいる、魔王まで連帯責任という認識なのだろうか? あるいは魔族全てを憎んでいるのかもしれない。考えると背筋が冷える話だ。


「なあマリア、魔王に勝てると思ってるか?」


 魔王は謎が多く、魔王城までの道もあって無いようなものなので、実際に魔王を見た人間というのはほぼいない。見たやつは大抵死んでいるので実質ゼロだ。


「勝てるかじゃないんですよ、勝つんです! 魔王を殺せば残りの有象無象なんて狩りたい放題ですよ! こんなチャンスを逃す手はないでしょう」


 強い意志だな。それに俺のスキルを信用しているのだろう、魔王に負けるなんて微塵も思っていないようだ。


 俺は正直魔王と戦うのは怖い。しかし怖いなんて言っていられない。俺たちが魔族を殺しすぎたのだ、今さら和解などできるはずもないので、戦い続けることしか出来ない。もちろん魔王を倒せば名声と金には困らないだろう。生きていればの話ではあるがな。


「マイナーさん? もしかして怖いんですか? 私とあなたのスキルがあれば魔王ぐらいよゆーですって、ちゃっちゃかつっこんで血祭りに上げるだけの気楽な戦いですよ」


「そうだな……今さら逃げるのも無理だし全力を尽くすしかないか」


 敵を倒していく、さっさとぶっ殺して終わりにしてしまいたい。魔王がそんなに簡単に倒せるかは知らん。せいぜい頑張るくらいしか出来ない。


 選択肢が複数あると人は悩むものだが、俺たちに戦う以外の選択肢は無い、迷う理由も無いと思うと少しだけ気楽になる。あれもこれもと悩むのは楽しいかもしれないが、戦う以外無いのなら戦うだけだ。


 ガサガサ


 道の脇から虎が一匹飛び出してきた。出てきた瞬間にマリアに頭を潰されて動かなくなる。コイツがいれば魔王くらいどうとでもなるんじゃないかと思えるところが心強い。


「魔王城も近いってのに雑魚しか出ませんねえ。この調子だと魔王ですら雑魚なんじゃないかと思えてきますよ」


「いや、その虎は雑魚ではないと思うぞ」


 マリアの暴力に負けただけであって、爪や牙を見る限り非常に力強さを感じる。爪で押さえつけた獲物を牙で食いちぎる様が思い浮かぶ。もはやピクピクと痙攣していたのも止まってしまったコイツにそんな力はもう無いだろうが、これまでに何匹の獲物を屠ってきたのかは想像もつかない。


「雑魚ですよ、魔王から魔力のおこぼれを貰って生きているだけのクソ雑魚魔物です。こんな脆弱な種は滅びればいいんです、皆殺しにするくらいの気合いをマイナーさんも持ってください」


 損な覚悟は無い。魔王が死んだら大抵の魔物が消えるだろうくらいにしか考えていない。自分が安全になった上で報奨金がもらえるならそれで十分だ。その金で小さなアイテムショップでも開いてのんびり暮らすのが将来のビジョンだ。わざわざ人生を弱体化した魔物や魔族を狩ることに費やす気は無い。


 それに何より……『脆弱な酒は滅べばいい』というのはなんとも魔族的な発言だと思った。あいつらは強い連中が人間を平気で殺しているからな、強者の権利を存分に行使しているが、俺たちがそれに会わせる必要は無いと思う。


 俺が考えを巡らせている間にマリアはちょくちょく襲いかかってくる魔物を殴り、粉々にしていた。杖の効果か、叩かれた場所が炸裂するという死体は見るに堪えないひどい有様になっている。


「マイナーさんは深く考えすぎですよ。悪いやつがいるならそれを倒すのは当たり前でしょう? 相手は人間じゃないんですし、気軽に殺して構わないんですよ。一々人間と同等の命の価値なんて魔族に認めていたらいつまで経っても滅ぼせませんよ」


 深く考えるなと……確かにマリアは深く考えていないのだろう、その通りに魔族は皆殺しにしてきたからな。


「しかし魔王城はどこにあるんだろうな、高も森が深いと周りがさっぱり見えないな」


 高い木々が繁っていて、青々とした葉を付けているので目隠しになって周囲を見ても僅かばかりの獣道のような場所が判別出来るだけだ。おそらく魔族もあまり魔王城に用が無いのだろう、どうやって生活しているのかはさっぱり分からないが各地から生活物資を運んでいるならもう少しまともな獣道になっているだろう。


「この辺一帯を全力で吹き飛ばしましょうか? この杖を思い切り振るえばそこそこの範囲を吹き飛ばせると思いますよ」


 マリアの提案は少しだけ魅力的だ。確かに五里霧中状態なので見晴らしをよくすることはいいことだ。しかしこちらから相手が見えるということはこの魔王城付近でまわりから丸見えになるということだ。周囲一帯を消し飛ばすとそこめがけて一斉攻撃を受けかねない。


「やめておこう、道はあるんだ、それをすれば少しは楽になるだろうがリスクの方が高い」


「そうですか? マイナーさんは心配性ですねえ」


 呆れ顔のマリアだが、人間の領地から魔族領に入って、出てくる敵がかなり強くなった感じがする。いくら武器が強力になったとはいえ、敵が大量にいれば戦えるかどうかは微妙だ。


 そうして二人でこの小さな道を歩いて行くのだが、マリアがこの先の見えない状況にイライラしているのは伝わってくる。コイツからすれば魔族領で破壊の限りを尽くしたいのだろうから仕方ない。俺は『派手な破壊は魔王を倒した後の残党に使おうな』と言った。魔王が死ねば魔族への魔力供給が断たれて弱体化するのでそれから殺す方が簡単だし、効率がいい。悪は周囲からジリジリ削るより中心に穴を開けた方がダメージが大きい。


 それを理解してくれたのかは知らないが、マリアもこの地味な道を進みながら遭遇した魔物をプチプチ潰す作業に戻ってくれた。俺も時折出てくるワームやラットといった小物を倒していく、大物を倒すのはマリアの役目だし、本人も強そうな魔族を倒すのを楽しんでいるようだ。


「魔王城までどのくらいあるんですかね? 魔王もよくこんなに秘境に住む気になりましたね、魔王は引きこもって働きたくないクズなんですかね」


「魔王が死んだら魔族が総崩れになるから大切にされてるんだろ。逆に言えば魔王さえ倒せば魔族全体に勝利したも同然ってことだ」


 マリアが脇から出てきた白狼の頭を叩き潰しながら俺の言葉に頷いた。魔王城に近づいているのは確からしく、その証拠に突然現れる雑魚たちも雑魚なりに強くなりつつあった。


「分かりますがね、魔王を倒せば人間は魔族と魔物を全滅させるでしょう、それは分かるのですが、私としては自分の手で皆殺しにしたいんです」


 おやおや、随分血気盛んだな。確かにほぼ全ての魔族よりマリアの方が強いだろうが、勝てるにしても絶滅させるには人生というものはあまりに短い。人生の全てを魔族を殺すことにかけたとしても絶滅させることは出来ないだろう。


 人生というのは確かにそれなりに長いが、個人で全世界に影響を与えるほどの時間ではない。そして魔族は繁殖することが出来るので殺したところで増える分を個人で減らせるとは思えない。


「ねえマイナーさん、私、ふと思ったんですよ」


「何をだ?」


 マリアがなんだかイライラした声音で俺に声をかけた。


「この森を全部燃やし尽くしてしまうというのはどうでしょう? マイナーさんのスキルで炎を大量に出せるものが出るまで粘って、森の外から魔王漏斗と焼き尽くすというのはいいアイデアだと思いませんか?」


「森を消しても炎に強い魔族は生き残るし、何より炎から逃げて出てくる大量の魔物と魔族を誰が倒すんだ? 向こうだって森から出ずに死ぬことを選ぶほど無能ではないぞ」


 この森林から魔族が一斉に出てきたら周囲一体どころか大陸を巻き込む大事件になるだろう。俺はそんなものに責任をとれないし、それなら魔王を倒した方がよほど楽だ。


 と、その時だ、俺たちの武器が発光しながら消えていく。


「これは……」


「え!? なんで消えるんですか?」


 俺はなんとなく原因を察して先に少し進んだ。そして武器が消えたのはそういうことだと二人して理解した。


「目的地に到着……って事だよ」


 俺たちの前には巨大な城が建っていた。俺たちが最後にたどり着く場所、魔王城が確かにそこにあった。

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