第32話「魔族領治安維持部隊との戦闘」

「それにしても魔族領だというのにやけに静かだと思いませんか? そろそろ魔族をぶっ殺したいんですがねえ」


「マリア、魔王討伐も結構だが、そういうことを言っていると本当に魔族が出てきそうだからやめろ」


 俺は平和な森林地帯を歩いている途中で物騒なことを言いだしたマリアを止めた。勝利は嬉しい、勝利は楽しい、勝利は喜びだ、しかし望んでするものではないだろう。向こうからふっかけられた勝負なら戦っても仕方ないが、わざわざリスクを冒してまで魔族領で戦闘なんてするもんじゃない。


 それにしてもマリアはとうに感情というもののタガが外れているのかもしれない、普通は魔族と進んで戦いたいなんて思わないものだがな……一番の不安はマリアの本当の望みが戦いの果てに死ぬことではないかということだ。普通に戦いを挑まれて負けて死ぬならまだしも、こっちから格上に喧嘩を売って負けて死ぬなんてことを望むべきではない。


 しかしマリアの両親が死んでいる以上、マリア自身もそう言う捨て鉢な感情を抱いていないとは言い切れない、それがどうしようも無く心配で恐ろしかった。


「私はマイナーさんのスキルを信用していますし、私が負ける気がしないことを確信していますからね、心配なんてする理由は無いでしょう?」


「負けないにしても進んで戦うなんてやるべきじゃないんだよ。どうせ魔王を倒したら魔族は総崩れなんだから手下と進んで戦う理由は無いんだよ」


 魔族の魔力の源は魔王だ。つまりは王である魔族を倒せば魔族全体が極端に弱体化する。下級魔族くらいなら消滅してしまうくらいだ。


 マリアは戦いたくて仕方ないようだが、戦わなくて済むならそれにこしたことはないんだ。命を粗末にする理由も無いだろう。


 その時森の奥がガサガサと音を立てた。魔族は馬車など使わないせいか、進んでいるのは獣道同然の自然に出来た道だ。魔族領も奥の方だと馬車を入れるのはリスクだからな。魔力の源の魔王を危険から遠ざけるためなら多少の不便は受け入れるのだろう。だとしたら、森が深くなってきたということは魔王の拠点に近づきつつあるということだ。それは恐ろしいことでもあるし、俺たちが戦う以外の選択肢を持っていないのでやるしかないことでもある。


「……マイナーさん、私の後ろに下がってください。この気配はおそらく魔族ですね」


「分かるのか?」


 あの化け物じみた情報を頭に送り込んでくる弓は持っていないはずだが……それとも今回の武器にもそんな性能があったのだろうか?


「魔族を殺していれば、こっちに向けられる殺気がなんとなく分かるようになりましてね、そこそこの数が襲いかかるタイミングを計っているようですよ」


 勘頼りかよ! まあそんな都合のいい機能がついたものがポンポン出てくるほど都合がよくはないか。おかげで俺の危険が少なくなったのだからマリアに感謝でもしておくか、ありがとう、出来れば戦いは避けて欲しいんだがな。


 逃げるという選択肢のないマリアにそれを言うのは無茶だろうな。俺たちは魔族から大量の恨みを買っているんだ、魔族からすれば俺たちと出会えば逃げるか殺しにかかるかのどちらかだ。


「逃げないって事はそこそこ強いやつか?」


 離れる距離にも気をつけないとならないだろう、逃げようとしたらまわりを囲まれていたなんて事になったら洒落にならないからな。


「この杖が魔族の魔力に反応しているんですよ。ちなみに杖から伝わってきたところによると、この杖は魔族の血を吸えば吸うほど強くなるようです。とりあえず邪魔な気を払いますかね」


 言うが早いかマリアは杖を横に薙いだ。衝撃波が辺り一面を吹き飛ばし、森だった場所が伐採されたも同然な丸裸の状態になった。そして吹き飛んだ木の間にガーゴイルが数匹挟まっていた。


 そこそこ強い相手だが、あの杖は化け物だな、ガーゴイルの体の至る所にひびが入っている。一応石よりも硬い皮膚を持っているはずなんだがな。


「てい」


 気楽な声を上げながらマリアが近寄ってきてガーゴイルの頭に杖を振り下ろした。ガチャンと言う陶器が割れるような音を立ててガーゴイルの頭が砕け散った。


「もしかして、まだ結構居たりするのか?」


「そうですね、十匹の部隊でしょう、残りは九匹です」


 まだ九匹も残っているのか……武器はマリアの持っているものの方が強いが、俺の護身用の剣でも戦えなくはないだろう。しかし戦いというのはなかなか慣れないのだが、マリアの方はまったく躊躇うことがない。これが覚悟の違いというやつだろうか。


「マイナーさん! 私が砕いた森の方へ下がってください!」


 やはり来たか。俺は素早く視界の広い森の空白地帯側に飛んで離れた。俺のいた位置にその数秒後にブレスが飛んできた。吐いてきたのはガーゴイル、どうやら今回襲いかかってきたのはガーゴイルの部隊のようだ。


「それ!」


 マリアが杖を振る度に周囲の木々が吹き飛んでいく。向こうも学習したのか、振りかぶった時点でブレスなどそっちのけで回避に走っていた。


「グ……ガガ……マゾクノ……テキ」


「悪いが死ね」


「別に悪くないでしょうに、マイナーさんも何を気にしているんですか?」


 マリアは容赦なくガーゴイルの頭部めがけて杖を振る。一切魔法は使っていないくせに杖が大活躍をしていた。まあアレを杖と認識するかどうかは個人によって違うだろう。中にはただの強力な棒だといいきるやつも結構居そうだ。


「次は右側を攻撃します! 私の後ろに!」


「はいよ」


 俺はマリアの後ろに隠れると、すぐに森がまた減ってしまった。自然破壊などと言う気はないが、思うように暴れるのは子供っぽいなと思った。


 今度はかわし損ねたガーゴイルが一匹地面に横たわって動けずにいたのだが、マリアが容赦なく頭を潰して殺した。魔族相手なら罪悪感がなくていいのかもしれない。


「マオーサマノシロ、マモル」


 おっと、ガーゴイルの一匹が失言をしたのが聞こえてしまった。暗に魔王城が近いことを宣言してしまったようなものじゃないか。気の毒だが魔王と戦うことは確定なんだ。余計なことを言わなければ俺たちが明後日の方向へ向いて進んでいたかもしれないというのに。


「正直でよろしい、でも死になさい」


 また一匹ガーゴイルが砕けた。


「さてと、そろそろ片付けますかね、マイナーさん、しゃがんでください」


 突然の指令によく分からないまま頭を手で守りながらしゃがみ込んだ。瞬間、俺の頭のすぐ上を衝撃が走った。一瞬のことで何が起きたのかよく分からなかったが、目を開けて立ち上がってみると、俺たちの周囲全部が木を消し飛ばされていた。ガーゴイルだったものも見当たるが、皆木々を刈り取る威力の衝撃で砕け散っていた。


「あらかた片付きましたね。近くにいた有象無象は離れているようですね、ビビりなのでしょうか?」


「普通にお前が怖いだけだと思うぞ……」


 本当にそれでいいのか? とは思ったが、魔族の方から離れてくれるなら気楽なものなので、俺は是非とも離れていって欲しいと思った。

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