第30話「マリア、魔族の旅団をスナイプする」

 俺たちが次の目的地へ向けて歩いていたところ、弓を持ったマリアが突然止まった。


「どうした?」


 俺がそう訊くとマリアは残忍な笑みを浮かべた。


「ククク……遠くの方に敵が固まっているのが見えますね。クソ魔族どもに目にもの見せてやりましょう」


 そう言って一本矢を取りだし、弓につがえてパシュッと撃った。曲射をするのも面倒になったのか、まだ見えない魔族に向かって地面と水平に弓を引き絞って撃った。


 静かなシュンという音と共に矢はすっ飛んでいった。どういう理屈なのかは分からないが、見える限りの範囲で矢が下に落ちることはなかった。本当に物騒な装備だな。


「で、仕留めたのか?」


 外すことはあり得ないとは思うが、矢の通じない相手だったら逃げるということも選択肢に入る。まずあり得ないことではあるが、訊ねておくのは重要だろう。


「仕留めましたね、おそらく魔族の小規模な集まりでしょう。先頭の一匹を殺したので大混乱しているようですね」


「そりゃ、突然先頭を歩いていたやつが見えないところから攻撃されたんだからな」


 見渡す限り、魔族領としては平穏な道を歩いていたら視界外から攻撃を受けたんだ、混乱しない方がおかしいだろう。


「どうもどこから撃たれたのか分からないようで、方陣を組んで守りに入ってますね。さて、今度はこうしましょうか」


 そう言ってマリアは弓を上空に向ける。曲射をするつもりなのだろうが、まっすぐとばしても倒せるのに何故そんなことをするのだろうか? そんなことを考えているうちに矢が一本放たれた。


「なあマリア、今の一本に何の意味があったんだ?」


「ふふふ、連中は方陣を組んでいたわけで、中央にいるやつが狙われるとは夢にも思わないでしょう、そこで相手の陣のど真ん中に矢を撃ってやったんですよ」


 多分魔族が混乱しているのを見るのが楽しいからとか言う理由なんだろうな。魔族を混乱させるのは楽しいということだろう。マリアは敵と判断すると逃がすことなく殺しているからな。


 相手をさぞやいたぶってから殺すのだろう。いい性格だなまったく……


「それで、当たったのか? その弓を持っていれば分かるんだろう?」


「ええ、しっかりと手応えは有りましたよ。向こうも安全地帯なんてないことに気がついたのかバラバラに動き始めましたね、あまり練度が高くないようです」


 練度が高くても、そんなデタラメな攻撃が飛んでくるとは思わないだろう。向こうさんも大混乱だろうな。


 平然と魔族を殺すマリアには魔族が右往左往しているのが随分と楽しいらしい。どこか暗い感情を隠そうともしない笑みを浮かべていた。


 俺は剣を手に取ってマリアに問う。


「こっちに来るか? 先頭は面倒くさいな……」


「いえ、その心配は無いですよ。向こうもどこからともなく飛んできた矢に驚いてまわりを血眼になって探していますね。これだけ距離があればここから届くとは到底思わないでしょうね」


「確かに見えもしない範囲から矢が飛んでくるなんて思わないか……」


 人間の力でそんな遠距離攻撃は不可能だ。魔法なら遠距離攻撃も出来るが、そこまで強い魔力を持ったものは貴重だ、わざわざ魔族領に何かとんでもないものが来たくらいにしか思えないだろう。


「さて、一匹ずつ仕留めていきますかね」


 どうやら混乱に乗じて仕留めるのが狙いらしい。いたぶる実力があるというのは残酷な話だ。


「魔族って種族とか分かるのか?」


「デュラハン一匹に配下のオークですね、調子こいて馬に乗ってるデュラハンの馬を狙ったんですが、しっかり仕留めたのでデュラハンが落馬して大慌てしてますよ」


 とことん敵を倒すのが好きなやつだな。しかしデュラハンに矢が刺さるのだろうか? 刺さるんだろうなあ……物騒な弓矢だしな。


「とりあえずオークどもを殺して、配下が全滅したデュラハンを想像すると結構愉快でしょうね」


「お前……徹底的に痛めつけるつもりなんだな」


「当然でしょう、魔族に生きている価値などないんですからね」


 当然のように魔族を殺しても何の問題もない発言をするマリア。もはや何を言っても無駄だろう。俺はぼんやりと次から次へと矢を飛ばしていく様子を見ながら、デュラハンはたった一匹で憎しみの化け物の相手をしなければならないというのは気の毒なことだ。


 数十本を撃ったところで弓をおろした。全滅させたのかな?


「さて、オークは全滅させたので、デュラハンの慌てる様子をしばらく見てみますかね」


 そう言われても、俺にはさっぱり分からないのでマリアから話を聞くほかない。マリアは始終楽しそうにしていた。よほどデュラハンが混乱しているのだろう。地平線の向こうからの奇襲などクルとは少しも思っていないだろうし、そりゃ混乱もするだろう。 


 いつも通りの魔族の殺戮大方終わったのだろう。今さらデュラハン一匹を逃すようなやつじゃないし、デュラハンにあの矢が通じないとは思えない。要するに魔王軍の一部隊の壊滅が決定したということだ。


「やー、面白いですねえ! デュラハンときたら手に持っている株とを落としてますよ、笑えますね」


「いたぶるのが悪いとは言わんがそろそろトドメを刺してやったらどうだ?」


 マリアは気怠げに矢を準備して、まっすぐに飛ぶように水平に向けた。もはや哀れなデュラハンはもはや生き残ることは出来ないだろう。特に同情はしないが、正々堂々と俺もガチャ武器で戦ってみたいなとは思う。


 ヒュン


 結局、マリアが射た矢は俺の目には見えない速度でかっ飛んでいった。まったく落ちることなく射られた矢は、遠くの方から鈍い金属音を上げた。


「さて、死体の検分といきましょうか!」


「デュラハンって実体ないんだから死体は無いだろ」


「オークにはありますよ。それにデュラハンになった鎧というのも珍しいでしょう?」


 出会ったことも無い連中のことなので想像もつかないが、マリアが魔族を殺すときはとても生き生きとしていることが分かった。やりたい放題というのはこのようなことを言うのだろう。


「では鎧がバラバラになって半死半生のデュラハンを見物にいきますか!」


「殺してからじゃなくてもいいのか?」


「完全に無力化していますから安全です。死体蹴りをするには十分ですよ」


 デュラハンに死という概念があるのかどうかは不明だが、マリアの性格が嗜虐的であることだけはよく分かった。


 それからしばし、地平線の方まで歩いて行く。他愛ない話をしながら進んでいき、その途中で時々マリアが矢を放って危険なものが近寄る前に排除していた。


「なあ、その弓を持ってるとそんなに感覚が鋭くなるのか?」


 いくら何でも遠距離攻撃が得意にも程がある。見えてもいないものが感じ取れるというのはどういう感覚なのだろうか?


「持ってみますか?」


 そう言って弓を指しだしてきたのでそれを握ろうとした、そして手が触れた瞬間に膨大な音や映像が流れ込んできた。頭が割れそうに痛くなったのですぐに手を離した。なんだ今のは? 確かに遠距離の映像も流れ込んできたけど……アレに人間が耐えられるのか?


「なあマリア、その弓を持っていて平気なのか?」


「え? 何の問題もありませんよ」


 スゲーな、武器を出してからずっとコイツが持っていたはずだ。常時あの情報量に耐えているというのは恐ろしい話だ。普通の人間ならとてもではないが耐えられないはずだ。


「どうしたんですか?」


「い……いやなんでもない。先に行こうか」


「そうですね」


 そして支援は大いにありながらも、無事瀕死のデュラハンのところへたどり着いた。オークもいたはずなのだが、そこはさすが魔族領と言うべきか、もう既に魔物に食い散らかされて骨だけが残っていた。


 そのオークの骨だけでも結構な強さの個体であることが予想出来るほどに大きくて太い骨格をしていた。


 ガンガン


 金属音がしたのでそちらを見ると、マリアがデュラハンの胴体部分を足蹴にしていた。頭は無いようだが生きてはいる……生きているというべきなのだろうか? とにかく瀕死のデュラハンをガシガシ蹴っていた。


 問うのデュラハンは四肢を矢で打ち抜かれ、バラバラになっている。地面に落ちた鎧の残骸から、一撃で撃ち抜かれていることは分かった。


「雑魚ですねえ、この程度で魔族領に済んでいて恥ずかしくないのでしょうか?」


 中身の無い鎧はガタガタと震える音を出す。もはや何も出来なくなってしまった金属の塊だ。


「マリア、いたぶってないで素直に息の根を止めてやれ」


「そうですね、もはやコイツも死ぬのは覚悟しているようですし、さっさとトドメを刺してあげましょうか」


 マリアは弓を構えてデュラハンの中心部に矢を打ち込んだ。一応重厚な鎧なのだが、ゼリーにスプーンを刺すくらい簡単に突き刺さった。


 そしてデュラハンは完全に死んだ。元々死体みたいなゴーストだが、意識くらいはあったのだろう、それが一本の矢で完全に止まった。


「終わりましたね、魔王軍がこれほど弱っているとは知りませんでしたよ。別に強くある必要は無いですが失望しますね」


「魔物が弱いのはいいことだろ」


 そこで弓矢が光に包まれて消えていった。どうやらここまでで十分役割を果たしたということだろう。


「マイナーさん、新しい武器をお願いします」


 俺の武器も一緒に消えたので、採掘スキルを使用して新しい武器を召喚することにしたのだった。

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