第29話「逃げる魔族、逃がさないマリア」
「えいっ!」
マリアが弓を持って矢を飛ばすと、はるか遠くまですごい勢いで飛んでいった。
「当たったのか?」
「手応えはありますね、この弓矢はなかなか良いものです、矢筒も自動補給ですしね」
あの町を出て体したガチャで初めて弓と弓筒が出てきた。試しにマリアが打ってみて分かったのだが、弓を持ったときに遠距離であろうと敵の位置が把握でき、一本を発射したときにマリアは手応えを感じたらしい。ついでに何本か撃ってみたが、矢筒からは何本でも矢が出てきた。どうやら無限に矢が出てくるアイテムらしい。
「そろそろ始めの頃に撃った矢が見えてきてもよさそうなものだがな……」
「ああ、そろそろですよ。弓を持っていると放った矢の位置が把握出来るんですよ」
便利な弓だな、俺が召喚しておいてなんだが、そこまで便利なものが出てくるとは思わなかった。そんなものが出てきたことに驚いたが、マリアのスキルも『幸運』のアップ幅が上がっているのかもしれない。ご都合的だとは思うが、スキルを与えた神が魔王を倒せと言っているかのようだ。
どうやら神は戦いを所望しているらしい。そして人間の方に見方をしてくれているようなので今はありがたく思うが、決して敵には回したくないものだと思った。
しばし歩くとマリアが地面を指さした。そこには一匹の魔族の死体が転がっていた。矢は見事に心臓を貫いており、そこから血を出して死体になっている。他の外傷はないので一撃必殺とはまさにこの事だろう、矢がどんな飛び方をしたのかは分からないが、何故か上空に向けて放ったはずの矢が正面から刺さっていた。曲射したのだから矢と体に角度がつくはずなのに、その矢は見事に体に対して垂直に刺さっている。
「死んでいますね、しかしこうも綺麗に殺す予定ではなかったのですが、この弓に相手を痛めつける力は無いようですね。明らかに苦しめないように死なせています」
「結果が一緒なら構わないんじゃないか……?」
どちらにせよ矢が一本で見事に魔族を仕留めたわけだ。むしろ一本だけで見事に仕留めたのだから無駄に何本も撃って痛めつける必要は無いのではないだろうか。とはいえ矢が無限に出てくるなら、大量に撃ったところでデメリットは無いと言えるのだがな。
そこに転がっている青年程度に成長していた魔族の死体を見て、魔王軍に入る人材ではないだろうと思った。あまりにも貧弱な筋肉であり、魔力も感じられないので先頭には向いていないだろう。
「なあ、どのくらいの距離までなら届くんだ?」
俺が弓の有効射程を尋ねると、マリアは弓を持って言う。
「この弓を持っていると地平線くらいまでは敵の位置が分かりますね」
すごいな……地平線まで届くのか。いや、それより彼方まで届くのかもしれないが、それにしても物騒な武器だな。無限に矢が出てきて、それを長距離まで飛ばせるというこちらのためにあるような武器だ。
「人間の位置も分かるのか?」
「いや、分かんないですね。現にこの弓はマイナーさんのことは目標として認識しないようですね」
「そうか、それは何より」
俺まで対象になっていたら怖くて仕方がないからな。どうやら俺には危害が加わる可能性が低そうなので助かった。しかしまあ物騒な武器を出してしまったな、近距離戦にきちんとショートソードまで持っているのでまず負けることは無いだろう。
そんなことを考えているとマリアが一発上空に向けて矢を放った。
「敵か?」
俺も慣れたものなので、一々驚かずに訊ねた。敵に決まっている、というか味方が魔族領にいたらその方がよほど驚きだ。
「そうですよ、そろそろですね。あ、マイナーさん後ろに五歩下がってください」
「?」
俺は疑問に思いながらも後ろに下がると、ドスンという音と共に大きな怪鳥が落ちてきた。それも俺がさっきまでいた地点にだ。危ないところだった、魔物の下敷きで死亡なんて笑えないぞ。
「なんだこの鳥?」
俺の問いかけにマリアはなんでもないように答える。
「さあ、なんでしょうね。少なくとも敵意を感じられたので撃ち落としておきました。なかなかの精密射撃が出来るみたいですね、結構上空まで届くみたいですよ」
上空か……そんな高いところからたたき落とすほどの力があるとは思わなかったな。落ちてきた巨大なカラスは、少なくとも俺の気がつく範囲の空には見えなかった。そしてマリアが矢を射たのはほとんど地面に垂直だ。つまり目に見えないような高空にいた敵を撃ち落としたというわけだ。改めてとんでもない武器だなと思う。
マリアは弓を手にじっと周囲を観察している。まだ周辺に魔族は来ていないらしく、安全な場所のようだ。
「コイツはおそらく監視役ですね、仕留めたので魔族共が私たちの気配を察して逃げることが出来なくなりましたよ!」
「この鳥が監視役ねえ……結構な高さから見ていたようだが、俺たちが見えていたのか?」
少なくとも俺の目にはこの鳥が見えなかった。魔族なら目がいいとでも言うのだろうか。
「鳥にしても目がいい方なのでしょうね。ま、私の方が強かったわけですが」
確かにマリアの方が強かったな。装備の特性に頼ってはいるが、それがとても効果的だったんだな。あるいはこの鳥との相性がよかったと言うべきか……人間の目には見えない場所でも、正確無比に撃ち抜けるとはすごいことだ。
「このカラスの死体は放置してさっさと先に行くか」
「待ってください、せっかくなのでやっておくことがあります」
「やっておくこと?」
マリアはサブ装備のショートソードでカラスの死体を切っていく。翼を切り取って腹に一筋切り込みを入れ、足を落とした。
そんなことをして何の意味があるのかは分からないが、とにかくズタズタにしていた。
「一体何がやりたいんだ?」
俺がそう訊くと、マリアは笑みを浮かべた。
「ふっふっふ……コイツは私たちの監視役なのです。つまり監視役が消えたら探すはずでしょう?」
「そうだな」
何が言いたいのかよくわからんが、とりあえず頷いた。
「そして探したあげく、このザマで惨殺されていたらさすがの魔族だって恐れるでしょう? これは見せしめなんです」
そこまでやるかね……とは思ったものの口には出さなかった。魔族領の結構奥の方まで立ち入っているので監視がつくのもあり得た話だ。しかし、こっちから魔族領に入ってきたというのに監視役を殺されるとは、このカラスが少し気の毒な気もするな。
マリアはそんなことを意に介さず、楽しそうに剣で地面に文字を書いていた。
『次のターゲットはお前だ』
そう書かれていたので思わずマリアに質問をした。
「これに意味はあるのか?」
「次に見つけた魔族がビビってくれるでしょう? 魔族が恐怖する様は想像しても気持ちがいいじゃないですか」
平然とそう言う、俺たち二人と魔族全体との戦争はまだまだ続きそうだな……いずれは魔族がマリアを敵に回したことを後悔する日が来るのかもしれない。
マリアは英雄とは言い難いが、確かな強者であることは事実だった。
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