第28話「村を滅ぼしていたら魔族の義勇軍が出てきた」
「イヤッホウウウウウウウウウウウ! 魔族は死ねい!」
相変わらず次の待ちに着いたというのにやりたい放題なマリアが暴れている。どんな魔族であれ平等に殺されていっていた。そして俺が今回召喚した武器は切って血を浴びると切れ味がさらによくなるという代物だ。
元々切れ味はよかったのだが、マリアが魔族を大量に切り捨てているので現時点では石造りの建物が粘土の如く切れていくまでに進化してしまった。本当にいずれ消える武器で良かったと思う。あんな武器をマリアが持ち続けたら再現の無い進化を続けるだろう。そう考えると少しだけホッとした。
俺は足元に魔族の飼っていた魔犬が時々来るのでそれをハンマー型の武器で叩いて潰している。叩くとき、振り下ろすと共に重量が突然増大するという取り回しが便利な優れものだ。力のある魔族には受け止められる可能性もあるが、そういった相手はマリアが事前に優先して殺していっている。その点では俺の心配は要らない。
「たたたた助け……」
「うるさい」
また魔族が一人斬り殺されていた。さっき見たときよりも剣が赤く鈍い発光をしているような気がする。やはり特殊な装備は違うな。そう考えながらぼんやりがれきに腰掛けて見物を続けた。
マリアは容赦なく殺しているが、俺はなんだか噛みつこうとしている魔物を潰すのに僅かな罪悪感を覚えた。もっとも、俺を追放した連中を潰すならまったく躊躇しないだろうと思うので、こういう事は個人的な恨みがひじょうに影響するのだろう。だからこそ、魔族を誰より憎んでいるマリアは一切気にせず殺し続けることが出来るのだ。
そんな小さな地獄のような光景を見ていると、僅かな音が聞こえてきた。始めは僅かな音だったのだが、音が近寄ってくるにつれてそれは大きな足音となり、この町を目指してやって来ていることが、音が徐々に大きくなっていることから分かった。
「マリア! 何か来てるぞ、気をつけろよ!」
「分かってますよ、せっかく嬲っていたのに……さっさと殺しますかね」
そう言って悲鳴を上げる魔族を殺して音の方に向かった。武器はまだ消えていないので、何かの役目があるのだろう。それはきっと……
「オラァ! 貴様らが我々にたてつき悪行を続けている人間か!」
その巨体は成人の人間の二倍はあり、筋肉質の体で力も強そうだが、ここまでやってくるスピードで俊敏性も高いことが分かった。
「我は魔王様に仕えるコキュートスなり! 貴様らは何者だ!」
配下を並べて俺たちに名乗りを上げる魔族、コキュートスと名乗った魔族はなかなかに強いようだがこのタイミングで来るのはあまりにも間が悪いとしか言いようが無い。
「魔族に名乗る名前はねーんですよ、『クソ魔族スレイヤー』とでも呼べばいいでしょう」
マリアが思いきり煽っている。その煽りを受けてコキュートスの方を見ると筋肉がプルプル震えていた、頭は紅潮し怒りを隠そうともしていない。あーあ、コイツはわざわざ殺されに来たんだな、気の毒な連中だよまったく。
「貴様ァ! 我々魔族を舐めているのか! 我々義勇軍が来たからには貴様らの隙にはさせんぞ! 我はこの町を救い……救い……」
そこで言葉が途切れた。そりゃそうだろう、町を守るとか大声で言っているが、この町はもう既に手遅れで、地獄の様相を呈していた。マリアが欲張って剣に血を吸わせるために、いつもより勢いよく殺戮をしたのでこの町に生き残りはまずいなかった。切れ味がよくなっていく剣で町の建物は全て切り刻まれていた。でかい建物だろうが、金属の素材が使われているものでさえ綺麗な断面を晒して崩れ去っていた。
そのもはや手遅れな現実を見て、コキュートスは言葉を失っていた。自慢の筋肉なのだろうが今度は別の意味で震えているように見えた。先ほどまで義憤に燃えて武者震いをしていたその身体は、魔族のくせに自分たち以上の化け物を見たような顔になり、プルプル震えながら前進にびっしょりと汗が噴き出している。
「おい! 我々の力をあの小娘に見せてやれ!」
あ、ビビったな。
その言葉に町の状況を見ているコキュートスの部下たちは完全に戦意を失っていた。おそらく義勇軍などと言っているが、コキュートスがかき集めた部隊なのだろう、部下の方には戦意がろくに感じられなかった。
そこで二の足を踏んでいる魔族の小物たちの首が一つ飛んだ。マリアの方を見てみるがまだ何もしていないようだ。
「貴様らァ! 魔族が人間におくれを取っていいと思っているのか! これ以上首をはねられたくなければ闘えェ!」
気の毒な部下たちだな、上司に碌でもないのをあてられると苦労する見本のような様子だ。誰もが戦意を喪失しており、しかし、かといって首をはねられるのは嫌らしく、渋々といった様子でこちらにジリジリと寄ってきた。
向こうがビビって襲い進み方をしているのでマリアに近寄って訊ねてみた。
「勝てそうか?」
「余裕で皆殺しですね。しかし気に食いませんね」
ああ、あのことか。
「魔族を一匹殺し損ねたのは諦めろ、その代わり獲物がたくさん向こうからやって来たんだからいいだろ?」
「しゃーないですね……」
不満げだが、一応は納得してくれた。全魔族を殺し尽くすことが目的のマリアからすれば、自分以外が手の届く範囲の魔族を殺したのが気に食わないのだろう。俺が倒したのはマリアが殺し損ねたものだが、今回コキュートスが殺したのは立派に意志を持って戦いに来た魔族だ。せっかく殺し合いに来てくれたのに魔族同士で殺し合ったのが気に食わないんだな。
「ウ……ウオオオオオオオオオオオオオ!」
名も無き魔族がワンチャン生き残れる可能性にかけてコキュートスの元からこちらに向かってきた。数十匹はいるようだが始めにかかってきたのは一匹だけだ、本気で殺しにかかるなら全員が全力で向かってこないとならないところを士気の下がりきった魔族に考える余裕は無いらしい。
サクッ
その魔族の体は硬い鱗が覆って、筋力もそれなりにあり、何より向かってくる勇気はあった。まあ当然の如く鱗ごとマリアの剣に切り裂かれたわけだが。
そして魔族たちは大混乱に陥っていた。目の前で頑強な魔族の体を、まるで液体の如く剣がするりと通って両断したのだ。
全員がビクついており、こちらに向かってくる魔族はなかなか出てこない。
「おい貴様ら! 真面目に戦え! 数だ! 数で押して殺すんだ!」
コキュートスは威勢のいいことを言っていたようだが、現実を見せられて震え声で部下に攻撃を命じた。もちろん敵を倒せば倒すほどマリアの剣は強くなるわけで、部下を死なせるだけでなく、ついでに敵の戦力強化にまで貢献していることになる。知らないということは幸せなことなのだろうか? とにかく魔族は仲間に殺されるか、マリアに殺されるかを迫られ、嫌そうにこちらに向けて進軍してきた。
「うっし、いい感じに敵が増えましたね。皆殺しにする予定ですけど、後ろに抜けたやつはマイナーさん、頼みますよ」
「分かったよ、でもどうせ一匹も通す気なんてないんだろう?」
「分かってるじゃないですか」
ニヤッと笑ってマリアは義勇軍に突撃していった。当然向こう様は近づく端からマリアの剣でスパスパと切られていった。一切りする度に剣は切れ味を増し、さらに数を減らしていく。偉そうにしていて、魔族の中で一番勇ましそうにしていたコキュートスは始めの位置から一歩たりとも動かなかった。
最後の一匹を切り捨てたマリアはひじょうに意地悪そうな笑みを浮かべながらコキュートスに語りかける。
「はぁ……魔族ともあろうものがこんなに雑魚の集まりでいいのでしょうか、もう少し骨のある敵だと思ったのですけれど、残念ながら雑魚しかいないようですね。まあ、そこにいる有象無象の一匹が強ければ、私だって少しくらい満足出来るでしょうに。まあ無理でしょうね、部下を突撃させて勝てない勝負を強いて殺させるなんて趣味の悪いやつが強いはずがありませんしね」
煽るなあ……コキュートスは頭に筋を浮かべて怒っているのは見て取れるのだが、先ほどのひどい有様を見て実力の差を感じたのだろう、決して近寄ってこようとはしなかった。
「まあ、義勇軍を名乗って置いて部下に突撃させるような士気の欠片も無いような魔族なんて相手にするに値しないのかもしれませんね」
マリアの言いたい放題の煽りにようやくキレたのか、立ちっぱなしでいわれるがままだったのにようやく俺たちに怒りをぶつけてきた。
「き……貴様らは、魔族を殺してなんとも思わんのか! これだから人間は下等だというのだ! 貴様らの存在そのものが悪なのだ! いいだろう! このコキュートスが相手をしよう!」
「なんとも思わないかですって? 思うわけないでしょう、魔族は人間ではないんですよ」
その発言に顔を真っ赤にした義勇軍のボスはマリアに殴りかかった。結構な筋肉を持っているようだが、残念ながらコイツが部下をたくさん差し向けたせいでマリアの剣の切れ味は圧倒的なものになっている。
マリアはそっと剣を自分の前に立てて、殴りかかられる直前に剣を上に向けて振り抜いた。
コキュートスの拳はマリアに届くことはなく、あっさりと縦に真っ二つになり、左右に分割されて死んだ。
「雑魚ですねえ、この程度にすら耐えられない心の弱さといい、わざわざ士気の低い連中を連れてくることといい、コイツらは馬鹿なんでしょうか?」
俺はそっと天を仰いだ。武器が光になって天に還っていく。結局連中の最大の過ちは、マリアを敵に回したということだ。義勇軍だそうだが部下たちは少なくとも強制されたのだろう。そう考えるとコキュートスの被害者といえるかもしれないが、自分の仲間のせいで仇が強くなって真っ二つにされるのだから皮肉なものだ。
「魔族だって知性くらいあるだろ、ただ単にコイツが馬鹿だっただけだよ」
俺はそれだけ言って、マリアと共に光に還っていく武器を見送った。
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