第27話「魔族の地雷原」

『危険! この先魔導地雷を敷設』


 俺たちが新しい武器をガチャで出して先に進んでいたときに出会ったのがそう書かれた看板だった。いい加減なブラフだと思ったのだが、よく見ると地雷原の中に数体、魔族の子供に死体が転がっていた。俺たちのためにわざわざこんな危険なことをしたのだろうか? 魔族はともかく魔導地雷の犠牲になったやつは気の毒だな。


「さて、吹っ飛ばしますかね」


「どうやるんだよ? きちんと埋めてあって見えないんだぞ? 俺はこんな場所を通るのは反対だな。素直に迂回しないか?」


 俺は穏便な提案をしたのだが、マリアは突撃戦法を採ることを曲げない。


「魔族ごときのしょーもない作戦のために私たちが逃げたら魔族がこの戦法に効果があると分かっちゃうじゃないですか、私たちは圧倒的な力で小細工を無視して破壊と殺戮をしなければならないんですよ!」


 確かにここを避けて通れば俺たちには魔導地雷が有効であると思われてしまうだろう。しかしそのために危険を冒すのもな、どうかとは思うが、相手にプレッシャーをかけるなら確かにこの地雷原をねじ伏せた方が影響を与えられるだろう。


「何か名案があるのか?」


 そう訊ねるとマリアは邪悪な笑みをして一本のロッドを取りだした。


「これは今回、マイナーさんが召喚した新しい武器です、なんと魔力不要で適性がなくても使える便利アイテムです。あなたは興味がないようなので私がしっかり受け取っておきました」


 そんなおっそろしいものを俺は召喚してしまったのか? いや、ファイヤーボール程度の下級魔法が使えるだけなのかもしれない、そんなに慌てるようなことでもないだろう。


「えい!」


 気の抜けるような声と共にマリアがロッドを振ると地雷原の手前側が吹き飛んだ。魔導地雷の爆発ではない、ロッドの強大な魔力によって何かすごい爆発が起こってしまったらしい。怖いな……


 轟音と共に地面が爆ぜて、地中にあったのであろう魔導地雷ごと消し飛び、後に残るのはでこぼこしたただの地面だった。


「この調子で進んでいきますよ!」


 マリアは何の遠慮も気にすることもなく地雷原だった場所に踏み込んだ。割と多めに仕掛けてあったのかもしれないが、相手が悪かったの一言に尽きるだろう。魔族を鏖殺しようとしている相手に小細工は通用しないのだ。


「しかしムカつきますね」


「何がだ?」


 突然苛立たしげな声を上げたマリアに訊いた。辺り一面を圧倒的な破壊力で壊しておいて何がムカつくのだろう?


「アレを見てください」


 マリアが指さす先には、魔族の子供の死体と、その脇に魔導地雷が開けたであろう穴があった。魔族が死んだのだからマリアは喜ぶかと思ったのだがそんなわけでも無いのだろうか?


「アレは私が殺すはずだった魔族です、それを魔族同士で殺すような馬鹿げた真似をしたことがムカつくんですよ。私たちが怖かろうと正々堂々と戦って死ねって話じゃないですか」


「えぇ……」


 どっちみち死ぬのなら自分が手を下したいという恐ろしい考え方だ。魔族が死んだことよりも、自分が殺せなかったことに腹を立てているらしい。力を与えるというのは時折恐ろしい結果を呼ぶことになるようだ。魔族というのはこんなやつを敵に回すという度し難い連中だな。


 それからもう一回、マリアがロッドを前に向けると地面が裂けて砕け散ったものが降ってくる。こんな力を持たせるとは、俺も考えが足らなかったのかもしれない。


 爆発は魔族の死体のやや手前側までで、まだ死体は残っていた。間違いなく死んでいるので助ける必要は無いし、そんなことをするとマリアがものすごくキレるであろうことが予想出来る。俺にはわざわざドラゴンの尻尾を踏むような危険を冒す度胸は無い。


「さて、そろそろ地雷原も終わりだが、後一発ほど吹き飛ばしてもらえるか? ああ、あの目障りな死体も込みでだぞ」


 いつまでも魔導地雷に引っかかったようなものの死体を見ていたくはない。マリアなら徹底的に原形を残さないか、あるいは完全消滅させるので心配の必要は無いだろう。


「あのー……確かに消し飛ばすことは出来るのですが、少し離れて観察してみませんか?」


 それはマリアにしては奇妙な効果だった。自分の手で殺すことに拘っていたのにどうして急に日和ったんだ?


「もう死体だぞ、残しておく理由があるのか?」


 素直な疑問だ。目前にある魔族の体は血まみれになっていたり四肢が欠損していたりする。わざわざ殺すのを待つ理由があるのだろうか?


「いいですか? 死体の形がきちんと残っているということは魔族が来る場所であり、魔族にも死体を回収したいという思惑があるでしょう?」


「まあそうだな、士気に関わるからな」


「であれば! あの死体に引き寄せられる魔族が出てくる可能性が十分にあるということです!」


 断言するマリアだが、モラルというものを生まれたときにどこかに落としてしまったのではないだろうか? 死体を囮にして寄ってきた魔族を殺すなんてもしも相手が人間だったら絶対にやらないような戦法だ。


「さすがにそれは酷じゃないか?」


 俺はさすがにどうかと思ったので少し意見をした。魔族であっても一応生き物ではあるんだがな……その辺まったく気にしていないようだ。


「まあとりあえず砕け散った地面の隙間に隠れましょうか、私の勘がいずれ魔族がやってくると告げているんです」


 そう言ってマリアは岩陰に隠れたので俺も魔族たちに見つからないように隠れた。まさかこんな見え見えの危険地帯に入ってくるほど魔族だって馬鹿じゃないだろうと思うのだがな。


 そう考えながら死体を二人で観察していると、なんと魔族の仲間が実際に助けに来たのだ。以外と魔族も情に厚いんだな、そんなことを考えていたのだが、隣でマリアがロッドを振った。


 そのロッドからは爆発を起こすような魔法では無く、一本の光の筋がほとばしって、助けに来た魔族の体を貫いた。しかも心臓があるような位置では無く、腹部の側面にダラダラと血が止まらない程度に、しかしすぐには死なない程度の傷を付けて再び隠れてしまった。


「殺さないのか?」


 俺が素直な疑問を呈した。


「生きている方が囮としては優秀でしょう? 殺してしまうとわざわざ来るような連中が減るじゃ無いですか」


 徹底した殺戮衝動に恐怖を覚えながらも、俺は安全圏で見ていられることに心底ホッとした。出来るのだろうが、そう言った生々しい作戦はやはりマリアの方が剥いているだろう。


 それにしてもよく思いつくものだな……普通は来たやつを殺して満足するものだと思っていた。どうやら憎しみというのは時折天才的な作戦を思いつくのかもしれないな。


 それにしたってやりすぎじゃ無いかと思っていると、しばし待っても魔族が来ないことにしびれを切らしたのか、マリアがロッドを向けた。ようやく完全に殺す気になったのだろう。


 ヒュン


 その音と共に魔族の足がスッパリと切り落とされた。とはいえ足首に近い末端部分なのですぐに死ぬことは無いだろう。


「魔族というのも随分薄情ですね。このまま獅子を撃ち抜いていってどのくらい打てば連中がアレを迎えに来るのでしょうか?


 どうやらマリアにとっては所詮雑魚の囮としての価値しかないようだ。そして囮としての価値が有るから生かされているというのは皮肉に思えた。そんな戦法が許されるのだろうか?


 マリアは突然上空に向けてロッドで爆発を起こした。何をやっているのか訊いてみると、ここに魔族がいることのアピールだそうだ。魔族に善意というものがあるのかは不明だが、平然とそういう作戦を採らないことを前提に動いているようだし、魔族よりマリアの方がよほどたちが悪いのではないだろうか?


「マイナーさん、向こうも警戒しているようなので食事でもしながらじっくり待ちましょうか」


「攻め込まないんだな」


 マリアの力なら余裕で消し飛ばせるだろうに、随分と悠長なことを言い出すんだな。


「確かに魔族をぶち殺すのはとっても楽しいですが、ああして仲間が助けに来てくれず悶えている魔族を見るのもまた一興だとは思いませんか?」


「結構な趣味だと思うよ……」


 徹底した悪意、それがマリアが魔族に対して向けているものだった。そして顔色一つ変えずに固形食料を取りだして食べ始めたので俺も一緒に食べることにした。


 よく分からない悲鳴が聞こえてきているが、そんなものは聞き慣れてしまったので、今さら魔族が可哀想なんてくだらない同情はしない。敵に対して情をかけるのは後々ロクなことにならないからな。魔族がマリアを殺さなかった結果がこれなので、魔族の生き残りを出すと魔族側にもそんな存在が出てくるかもしれない。悪いが俺は魔族ではないので助ける気がしないんだ。


 その後、魔族は大して情に厚くないらしく、あるいは殺されるのが目に見えているからだったのかかもしれないが、数匹の魔族が死にかている仲間を救出しようとして、マリアに四肢を一部消し飛ばされていた。


 驚くべきことに、魔族で現在死んでいるのは自分たちで仕掛けた魔導地雷に引っかかった幼い魔族だけだ。それを助けに来た連中は囮として、逃げられないが、死なない程度に痛めつけられ悲鳴を上げていた。


 それにしても地獄のような有様だが、魔族の悪意よりもマリアの憎しみの方が勝ったといえるのだろう。なんだかこちらは殺していないのに悪役になっているような気がしてしまう。


 その時、轟音と共に地面が爆ぜた、のんびり見ていた前方を見ると、魔族たちの死体がどこかにあったと言われても信じられないで荒尾ほどに吹き飛んでいた。


「魔族がこんなに薄情な連中だとは思いもしませんでしたよ、自分たちの同胞が危険にさらされているというのに助けもしないんですね」


 隣でロッドを振ったマリアがそう言った。そりゃまあ結局こうなるのであれば逃げるのが正解だろう、逃げ切れるとは思えないがな。


 とにかく向こうに見えていた、おそらく立ち入り禁止と注意していたのであろう柵までは破壊した。以降に魔導地雷が仕掛けられていない保証は無いが、魔族も自分たちを危険にさらしてでも俺たちを止めようとはしないだろう。


「行くか……」


 俺は残りの固形食料を無理矢理喉に押し込んで言った。


「そうですね! 次の町には活きのいい魔族がいてくれることを期待しましょう!」


 マリアは本心からそう言ってイルのであろう笑顔になって言った。


 俺たちはなりふり構わなくなってきた魔族に構わず先の道を進むことにした。

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