第23話「町の供養とケルベロスとの別れ」

「さて、終わりましたね」


「そうだな」


 俺はマリアの言葉に応える。本当に全てが終わっていた、残るは僅かばかりの人間だけだった。僅かな生き残りは、まだ魔族から解放された実感がないようで、うつろな目で俺たちを見ていた。


「一件落着、だな」


「ですね」


 俺たちがこの町でやるべき事が終わったと安心したところで武器が光の粒子になって消えていく。


「ああ、結構いい武器だったんですがねえ……お別れですね」


「あんまり武器に思い入れを持たない方がいいぞ、武器なんて使う必要が無ければその方がいいんだからな」


 武器を使わず解決出来るならそれは素晴らしいことではあるのだが、人間と魔族の間に武器を使わず和解することは出来ないだろう。だからこれは理想論だが、理想論を忘れるとどちらかが滅ぶまで戦い続けるしかなくなる。まあマリアのやつはそうする気満々のようなのでこの言葉を聞いてはくれないだろうな。


 そうして俺たちはこの戦いで活躍してくれた武器たちを見送った。武器との出会いは一期一会、それを大事にしたいというマリアの気持ちも分かるけれど、割り切らないと戦いなんてやっていられない。


 武器が消えた後、分かりきっていたことがケルベロスの体に起こり始めた。足元から徐々に消えていきつつある。


「世話になったな」


「主、今後ともお達者で」


「そういえばあなたも消えるんでしたね、協力してくれたことには感謝していますよ」


 マリアも俺と一緒にケルベロスにお礼を言っていた。永続の召喚ではないというのはもったいないことなのかもしれないな。まあマリアの幸運があればいくらでもレアアイテムもレアな使い魔も手に入るんだがな。


「済まないな、これといって餞別に出来そうなものは無い」


「主の配慮だけで十分です。我も久しく仲間というものを持ったこともありませんでしたから」


 ケルベロスちゃん良い子ですね、制約が無ければもっと一緒にいたいくらいだ。しかしもう既に三分の一くらいは消滅しつつあるケルベロスにどんな声をかければいいのだろうか?


「その……なんだ……助かったよ」


 俺は別れの言葉が思いつかないのでそれっぽいお礼をした。語彙力の無さが悲しいところだ。感謝の言葉くらいもう少し礼節として教えてもらいたかったな。


「ケルベロスちゃん! 縁があったらまた会いましょうね!」


 マリアの方は仲間に話しかけるように気軽な声をかけている。もう一度出会えるのだろうか? そんな不確定なことを俺は保証出来ないな。二度と会えないかもしれないのに随分とノリが軽いんだな。しかしそのくらい割り切った方が生きていく上で心労が少ないのだろう。


「あなたもお元気で」


 ケルベロスも気分を害した様子は無く、軽く返事していた。もしかしたらコイツも案外ドライなのかもしれないな。もう少し気楽に考えてみるか。


「じゃあな、楽しかったぞ」


 マリアほど魔族を殺すのに快感を覚えるわけではないが、魔族を全滅させて町を取り戻したという事実は少しだけ気持ちがいい、そう思ったことは事実だ、だから……


「またな!」


 それが顔の方まで光に包まれて消えかかっていたケルベロスに聞こえたのかは分からないが、少しだけ優しげな顔をしていたように思えた。それが事実かどうかは分からないが、気持ちよく湧かれることが出来たのだと思っていた方が満足感を得られるので、そう考えることにしよう。


 そうして完全にケルベロスは消えていった。短い付き合いだったが悪いやつじゃないな、少なくとも俺を追い出した実家の連中よりはずっとマシだ。


 なんだか人格として最底辺の連中と比較をするのは、一緒に戦ってくれた仲間への評価としては適切ではないような気もするな。


「マイナーさん、楽しかったですね!」


 ニッコニコの笑顔でそう言うマリア。魔族を殺すのは楽しいことなのだろう、人間に仇なすわけでもないので魔族の連中のことは気にしないようにしよう。


 一々殺す相手の事情なんて考えるべきではないし、そんなことを考えられる生き物ばかりなら争いなんて起きないだろう。


 ケルベロスが消え、ようやく安心したのか各所から虐げられていた人が怯えながら出てきた。そして残らず肉塊と化した魔族を見て人がドンドンと増えてきた。


「ふふふ、魔族を殺して英雄にもなれる、素晴らしいですね!」


「この有様を見て英雄と思われるかねえ……」


 英雄とはいえここまで残酷なやり方をするものだろうか? 物語に出てきた英雄は敵を殺すことはしても、死体をミンチにしたりはしなかったと思うのだが……


「さて、行くとするか」


 俺は魔族は倒したことだし先に進もうかと提案した。この町は魔族にボロボロにされているのでお礼をもらうというのも申し訳ない気がする。この町にそんな余裕は無いだろう。ならば住人が負い目を感じる前にさっさと先に進むべきだ。


「もうですか? 私たちを祝福してくれるかもしれませんよ?」


 マリアはもう少しこの町の住人に恩を売りたい様子だ。しかし、魔族を軽々殺し尽くすような人間を無条件に歓迎してくれるかは怪しいところだ。


「助けることは出来たんだから十分だろう、大体お前は魔族を殺すのが目的ならここで足踏みする必要は無いんだよ」


 こんなところで止まっている理由は無い。さっさと魔王軍を倒すまで……あるいは俺たちが死ぬまで……戦うしかないのだ。だったら少しでも早く魔族を滅ぼすべきだろう。


「仕方ないですね……」


 名残惜しそうにマリアは生き残り達に手を振りながら俺の後に続いた。


「じゃあそろそろ魔族領に入っていくか、準備はいいか?」


 俺がそう訊ねるとマリアは満面の笑みを浮かべて言う。


「もちろんですよ! 殺し放題のキリングフィールドに突っ込めるかと思うと胸が躍りますね」


 楽しみにしているのは分かったが、ぴょんと跳ねたのでマリアの胸が物理的に躍ったのだが、それを言うと怒りそうなので胸の内に秘めておこう。


「マイナーさん、顔が赤いような気がしますが殺しすぎて興奮しちゃいましたか?」


「少なくとも殺した魔族の数でお前に勝てる気はまったくしないよ」


 多分マリアはもはや殺した魔族と魔物の数など覚えていないだろう、そもそも数えていたのかも大概怪しいな。別に数える必要は無いが、普通の人は数え切れないほど魔族を殺したりはしないよな。


 マリアも魔王軍でそこそこの立場の魔族を倒したせいだろうか、多少はマリアも機嫌が良いような気がした。このまま行くと魔族領どころか魔王さえ討伐しそうな気もするな。


「それで、どっちが魔族領なんですか? 早いところ行きましょうよ!」


「分かったからそう急くな。道の沿って行けばちゃんと着くよ」


 そう言ってから、俺たちは出会った頃からは思いもよらない領域にまで突っ込みつつあることに好奇心が隠しきれなかった。

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