第8話「マリア、暴れる」

「さて、マイナーさん、フェンリルさん! 切り込みますよー! 準備はいいですか?」


「石の備蓄は十分だ……多分」


「主、我が守りますので安心してください」


 三者三様の言葉を放ってからナザレ町に入った。途端に魔物が何匹か襲いかかってくる。


「てい」


 サクリと振り回した剣で飛びかかってきた魔物は切り裂かれた。その血が剣に吸収されたあたり、よく知らないが魔剣の類いなのではないだろうか? もしかしてヤバいやつにヤバいものを持たせてしまったのでは無いだろうか?


「ふん……」


 フェンリルも地面を走ってくる魔物を爪で薙いで消し飛ばした。優秀な見方たちだなあ!


 自分の無能さがイヤになる。フェンリルも魔剣も出したのは俺だがさっぱり扱えないからな。まあフェンリルは俺に服従してくれているので俺の実力ということで良いだろう。


 サクサクと町中に進んでいくと住人がこちらに駆け寄ってきた。


「おい! あんた、悪いことは言わないから早く逃げろ!」


 俺たちの身を案じたのだろう、家から出てきたがフェンリルを見てピシリと固まってしまった。


「がああああああ!! 貴様はまだ外に出る許可をヴェノム様から頂いてないな! 越権行為だ! 死ねい!」


 ガーゴイルが飛んできたのだが、ジャンプしたフェンリルの爪でたたき落とされた。その後は言うまでもなく当たり前のようにマリアがぐちゃぐちゃと音を立てながらガーゴイルをミンチにしていた。


「ええっと……あなた様方は一体?」


 困惑と畏怖の感情を読み取れる住人に俺たちが魔王軍を倒しに来たことを伝えた。後ろでマリアが喜々として魔族だった肉の塊をガシガシ剣で殴っているのを見ながらの話し合いになった。


「つまり、あなた方は我々を助けに来てくださったと?」


「そんなところで……」


「違います!」


 もはや地面の染みになったガーゴイルに飽きたのか、俺たちの話し合いに入ってきた。


「私たちは魔族を滅ぼしに来たのであって、あなた方を助けに来たわけではありません!」


 確かにそれもそうだな。魔族を滅ぼすことと人間を助けることは別問題だ。


「下等生物がうろつくな! 家に籠もっていろと命じただろうが……ひえっ!」


 増援出来たガーゴイルの群れもフェンリルを見てドン引きしていた、本当にドン引きするべきはマリアの方なんだよなあ……殺意の量が桁違いだぞ?


「フェンリルさん、連中を落としてください!」


「その剣、振れば遠隔攻撃が出来ますが……」


 それを聞いてマリアは魔剣を振った。衝撃波が飛んでいき、ガーゴイルの羽をスパッと切った。


「なんだ!? 何が起きた!? まさかあの下等な人間が……」


 ガーゴイルさんも混乱していらっしゃる。しかしその先には絶望しか無いことを知らない方がいいのだろう。


「さて、何故あなた方が翼を切り落とされただけで住んだか分かりますか? 正解したら最後に殺すことにしてあげますよ?」


 結局殺すのかよ……話し合いどころではないな。もはややるしか選択肢がないようだ。


「人間風情が……」


「はい、時間切れ。正解はあなたたちの絶望した顔が見たいからでしたー! えいっ!」


 可愛い声とともにザクリとガーゴイルたちが切り裂かれていく。さすがにさっき逃げろと言ってきた人もドン引きをしていた。もはや戦いですらなく、マリアによる一方的な魔族狩りだった。


「ハハハハハハハハ! 楽しいですねえ! 愉悦の極みですよ! もっと悲鳴を上げなさい、もっと苦痛に歪む顔を見せなさいよ!」


 いやー……どっちが悪人なのだろうか? 人間と魔族なのだから魔族が悪人に決まっているのだが、人間と人間だったら間違いなくマリアが悪役だろう。そのやり口は堂々としたもので、フェンリルさえもそこまでしなくてもという顔をしていた。


「ククククククク! 低級魔族ごときが私にたてついたのが運の尽きですよ、死になさい!」


「なあフェンリル、一つ訊きたいんだが……」


「なんでしょう?」


「あの剣、使用者の性格を歪める力があったりするか?」


「いえ、私の知る限りあの魔剣にそのような効果は無かったはずですが……」


「「……」」


 俺たちはただ見ているだけだった。手を出すなといっているようにマリアはザクザクと斬っていたのが、いつの間にか音が湿っぽいぐちゃぐちゃという音になった。やるときは徹底的にやるようだ。禍根を残さないためには当然と言えるが、魔族なんて放っておいても人間に喧嘩を売ってくるような連中にその配慮が必要なのかは分からない。


 そしてガーゴイルが地面に染みこんでいったところでピタリと攻撃をやめ、剣を鞘に収めた。


「さて、おはなしを聞きましょうか? ああ、あなたの家の中の方が良いですかね? あのクソ共は表に出ていると攻撃してくるようですし、私は一向に構いませんがね」


 魔族との全面喧嘩は上等であると宣言したマリアだが、俺たちは連れられるままに住人の家に入った。


 中はハッキリ言って貧乏くさい家だった。魔族に占拠されている家なのだから無理もないだろう。


「私はこの町の町長をしております……あなた方は?」


「俺は魔王軍を倒しに来たマイナーです」


 家名は言わないでおいた。あの思い出すのもムカつくクズ共に魔族殺しの栄誉を与える必要は無いだろう。


「私はマリアです、家名は……捨てました」


 なお家に入ることが出来なかったし、小型犬モードになるのはリスクが高いということで家の前で門番をしている。さすがの魔族もそうそう襲いかかることは無いようだ。


「そうかね……まあ君たちにもいろいろな事情があったのだろう。それは訊かん、しかしこの町からは逃げた方がいいと思うね」


 堂々と町長はそう言う。危険だから逃げろと言いたいようだ。しかしそれを聞いて目の色を変えたものが一人。


「そうですか、この町にはヤベー魔族がたくさんいるということですね! いやー、殺し甲斐があるってもんですよ!」


 相変わらず物騒だな、文字通り鏖殺しようというのだからその自信はもっともなのだが、魔族が気の毒になる……いや、やっぱならんわ、魔族は死ね。


「あの……お二人と表の神獣様でこの町の魔族を倒してくださるということでよろしいのですかな?」


「魔族は全員ぶち殺すので安心してください。でもあなたたちの身を守るわけではないので自衛はしてくださいね? あとこの町の人が人質になっても問答無用でまとめて殺しちゃうので、そこだけ気をつけてくださいね?」


「あ、はい」


 町長も思わず素に戻っていた。実際マリアの言葉にはやると言ったらやると言う信念が感じられた。親切の押しつけではなく、ただ自分の欲望を満たすために行動しているマリアだ。今さら人質が取られたからと言って退くようなやつではない。残念だが住人に多少の犠牲が出るのは仕方ないことだと考えている。


「ところで、この町を支配している魔族はどんなやつなんですか?」


 俺の質問に町長は怯えつつも答えてくれた。


「『ヴェノム』と名乗っております……毒液をまき散らして町を滅ぼされたくなければ、町の収入の五割を渡せと脅してきておりまして……」


「なるほど、悪ですね。滅ぼしましょう」


 なんの考えもなくマリアはそう言ってのけた。どうやら徹底的に叩き潰すつもりのようだ。戦いに犠牲はつきものとは言うが、出来ればこの町の住人に犠牲が出なければいいな。


 まあそんなことを言っても無視されるのが分かりきっているので黙っていよう。マリアが俺に魔剣を振るうようなことはないだろうが、魔族への憎しみは本物なので嫌われるかもしれない。


「それで……町を助けてくださると言うことでよろしいのかね……?」


 町長が恐れ半分でそう訊ねてきたので俺はにこやかに微笑んで、マリアはブンブンと頷いていた。

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